『風の歌を聴け』村上春樹

村上春樹のデビュー作で群像新人文学賞の受賞作、単行本の初版は1979年。
確実に俺の持ってる中で一番読み返している本。事あるごとに何かの確認作業のごとく読んでいる。
風呂から出た後に気づいたら読んでいた。読んだものはしょうがないので感想を書いてみるけど、なるべくアマゾンや書評サイトにない切り口にしたい。
つまり、この小説がクールでもドライでもなく、ウェットなヒューマニズムを目指した本だという視点で書いてみたいと思う。


amazon ASIN-4061317776村上春樹は『風の歌を聴け』の段階で目指していた、「セックスシーンが無く、人が死なない小説」と、リアリズムをことごとく拒否するかのような文体を後にあっさり捨てる事になるけど、それが妥協や屈服ではなく、手法だとか展開の発展であり、村上春樹自身の成長であると捉えられているのは、村上春樹の非凡さであると思う。
作家が自分自身のデビュー作を超えるのは難しい。というのはよく言われる事やけど、一般的に、この『風の歌を聴け』は村上春樹の作品群の中で代表作であったり、一番であると位置づけられてはいないのは疑いないだろう。
しかしながら、初期の村上春樹、つまりは鼠三部作の段階の村上春樹にとっての「文章を書く意味」が、いわば作家としてのコアな部分が最も直接的に切実に語られると言う意味で、この「風の歌を聴け」を、(少なくとも鼠三部作の中で)一番評価している人は村上春樹好きの中には多いと思う。
物語らしい物語は全くと言っていいほど展開しないのはこの本についてよく言われる事であり、氏の他の小説に比べて、登場する女性が魅力的ではない。と俺は思うのだが、それらの事は逆に登場人物である鼠のナイーブさと、ジェイの懐の広さや暖かさを際だたせる結果になっているように感じられる。
既存の小説の手法や価値を使わずに、ある種のヒューマニズムを表現し得ているのは一つの大きな成果だとは思うが、何よりも村上春樹自身がインタビューで言っているように、この本の一番の価値はチャプター1に、文章について書かれている部分にあるだろうと思う。
文章を書くのが好きな人間にとっては、その氏の言葉は先人としての真摯な警告であり、後の氏の姿と考え合わせてみるなら快癒の具体例でもあるだろう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP