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2006年6月10日

岡田節人&南伸坊『生物学個人授業』

昨日の生物学つながりで、岡田節人を先生、南伸坊を生徒とした、雑誌『SINRA』上での生物学に関する連載を単行本化した『生物学個人授業』を読了。
昨日の本は1970年初めまでの話やったけど、この本は基本的なところから入って、1970年半ばから1980年代までに解明されてきたミクロなレベルの生物学の話。


具体的には、細胞の分化に関わるホメオボックス、細胞が自ら死を選ぶアポトーシスなど、どちらかといえばDNAとか染色体とかいった分子レベルでの生物学の話がメインになるかと思うけど、体細胞と生殖細胞の違いに関連して、遺伝子組み換え技術に対する偏見がどれほどの物かと言う事が熱く語ってあった。
よく納豆食べる時、パッケージに「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません」て書いてあるけど、見るたびに「遺伝子組み換え植物の何が悪いねん?何をそんなにビビる?農薬の方が遙かに怖いぞ。」などと思っていたのだが、これを読んで「遺伝子組み換え技術」に対する一般的な嫌悪感が中々根強い事がよく解った。
極端な話、変に遺伝子が組み替えられた食物を摂ると自分の遺伝子が変異して、ある日突然羽やしっぽが生えてきたり、自分がよく解らんキメラになるようなイメージを抱いていたんやね。
それやったら毎日ヨーグルトを食べてる俺なんかはもーもー鳴きながら食べ物を反芻するビフィズス菌やら乳酸菌の塊になってるやんか。日本人やアメリカ人は全員イネ科、ドイツ人はナス科の植物になってるぞ。
などと思うのだが、パッケージにわざわざ「この〜には遺伝子組み替え技術を使用していません」などと書くくらいやから偏見は強いのやろう。
さらに、パッケージにこういう事を書く事によって「あー遺伝子組み換えってヤバいんや」などと思う人も出てくるに違いない。
「マイナスイオン」などと同じく、「知らない事」から来る偏見と「未知なる物」に対する恐怖というのは中々侮り難しと思った。
とは言ったものの、全くの素人向きの本にもかかわらず、「アポトーシス」やら「ホメオボックス」なるものが何を意味するのかだいたい知ってはいた上で読んでも、新たに知った事は多かったし、生命や発生に関する事に対する自分の偏見や思いこみに気づきもした。
生物学に関してはいうまでもなく、自分の得意分野(たとえばソラリス)に関しても自分の知と一般的な知も程度の差しかない訳で、知らない事と知ってる事の差が問題になるのではなく、偏見や無知によって傷つく人が沢山いる事が問題だと言う気がする。
「生物の仕組みって凄いなぁ」とひたすら感心する本であったけど、生物好きにとっては細かい話が余り無く、ちょっと物足りないかも。
でもまぁそれがこの本のコンセプトな訳やしね。

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