平野啓一郎 『葬送 第一部』

平野啓一郎の三作目の長編『葬送 第一部』を読む。
553ページと恐ろしく長い本だが、第二部は700ページ超と更に長い。あわせて原稿用紙2500枚の大作と言うことらしい。
19世紀半ばの二月革命前後のパリを舞台にフレデリック・ショパンを中心にして、その友人ウジェーヌ・ドラクロワ、その愛人のジョルジュ・サンドの三人の芸術家たちを主軸に物語が展開する。
彼のデビュー作である『日蝕 』や二作目の『一月物語 』で駆使された擬古文体と特殊な語彙は鳴りを潜め、直接的でも品の悪くない文体はとても読みやすかった。
とはいっても、暑苦しくて重苦しくて息苦しい位の質量共に濃い文章であることには間違いない。
この一部の内容は、ジョルジュ・サンドとショパンの恋愛、ジョルジュ・サンドの家庭内を巡るゴタゴタ、ドラクロアの芸術に対する思い。と言うところになるだろう。


amazon ASIN-4104260037ジョルジュ・サンドに綺麗で美しい物ばかり相手にして世間知らずで子供っぽい現実的には何の役にも立たないと見なされ、彼女の家族にただ愛人でしかない自分にはとても超えられない親子と言う壁を感じながらも、ひた向きな思いを向けるショパンが、結局はその親子と愛人の立場の違いによって破局を迎える様はなんとも物悲しいし、
その破局の発端となるジョルジュ・サンドの子供たちを巡る人間の愛憎劇はなんともややこしい。
フランス文学というと個々の人物に対しての精緻な心理描写というイメージがあるけど、まさにそんな感じで、ショパン、ジョルジュ・サンド、彼らを巡る人々の心理と独白で物語は続いてゆく。
そして最後のシーンのドラクロワが自分自身が完成させた下院図書館の天井画を眺めて受けた圧倒的な驚愕とそれに払った犠牲を実感する場面で一部が終わるわけやけど、
登場人物達の愛憎劇の心理描写と並行するように、ドラクロワが折に触れて語る芸術や天才についての、歴史に名を残したいと言う野望への思いや考えはとても含蓄深かった。
人の心を揺さぶる何物かを生み出し、普遍を目指して登り続ける、常人には理解できない孤独と苦しみを背負う芸術家にも、誰でもが理解できるような憎しみや愛情やといった人間的な感情が宿っているわけで、芸術家という存在に宿るそういう人間的な面と非人間的な面を対比させる形で、芸術であるとか芸術家であるとかそういったものをテーマにしているものとして読むことにした。
二部に入ってどういう風に展開して行くのか楽しみである。

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