コロコロしてゆく私

最近経済学やら金融工学、ファイナンス論などといった系統の本を読むことが多い。

今まで殆ど全くといっていいほど読んだことの無かったジャンルの本なのでとても新鮮なのだが、読んでいると人間存在の欲望追及にかける熱意に驚くばかりである。

価値判断をすることなしに欲望追求の衝動を既にあるものとして肯定し、欲望追及の手段と効果を可能な限り効率化しようとする試みはとても滑稽に見えて可笑しい。

たとえば、人間の三大欲である食欲、性欲、睡眠欲、などの場合、それらの充足と欲望追求をなるべく最大パフォーマンスでもって効率的に行なおうとする試みと工夫が、たとえ自分にとってどれだけ切実な問題であっても、他人から見れば切実であればあるだけ工夫すればするだけ滑稽に見えるし、あるレベルを超えてしまうと醜くすら見えるものだ。

結局のところ、人間は無から有を作り出すことは出来ないので、原則的に大抵の欲望追求の行為と試みが限られた資源を取り合うゼロサムゲームにならざるを得ないというのがあえて誰も口にしない前提ということになるのだろうか?

しかし、どう足掻いてもそれを覆すことができないけど、それを可能な限り見かけ上の非ゼロサムゲームに近づけるために、あらゆるものの「循環」を促進させる方法論は現実的な一つの知恵なのだなと思うし、そういった方向性はやっぱり美しく偉大だと思う。

ということで、私が言ってることややってることがコロコロ変わる、「コロコロしてゆく私」なのもそういうことやったんや!

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