鴨川のUMA、あるいは妖怪アマティ

昨日のエントリで夜の真っ暗闇のアニマルパラダイスな鴨川べりの道を走るのが楽しいと書いたが、休みの度にしょっちゅう暗闇の鴨川べりを自転車で走っていると、茂みの中をガサガサ歩いているのは猫か狐かイタチの類、突然ギャーと鳴いてバサバサ飛び立つのはサギの類、水をバシャバシャやっているのはナマズか鯉、と音で大体の動物の種類が分かるようになってくる。

しかし昨日は全く初めての聞いたことの無いような不思議な音が聞こえてきた。

自転車をゆっくり走らせていると、金属音のようでもあり、何かが絞め殺されるような苦しそうな声でもあり、何かが泣き叫んでいるような声が、か細く聞こえてくる。音の発生源に近づくにつれだんだん音がはっきり聞こえてくるけど、はっきり聴けば聞くほど、今まで全く聴いたことの無い高い音域の、結構癇に障る声としか認識できない。

真っ暗闇の中から聴いたことのない音が聞こえてくるのは結構怖い。若干自転車のスピードを落としつつ半ばビビリながら走っていると大体声の聞こえてくる部分が分かるようになって来た。私は川のすぐ横を走っているけど、音は私の走っている道から土手寄りに結構離れた場所から聞こえてくる。進行方向のライトの範囲外なので、そのまま真っ直ぐ走っていればその声の主と対面せずに通り過ぎてしまう場所だ。

だんだんその声に近づくにつれてはっきり声が聞き取れるようになっても、聴けば聞くほど私が知っているであろうどの生き物の泣き声にも該当しない。

「ギャー」とか「ギー」とか「ギュイー」とかそのあたりの、耳障りと言うレベルを超越した、脳内に直接響くかのような異様な音としか言いようがない。

それでも何かしら意識を持った生物が発している音であるのは間違いなさそうである。「何?何の生きもの?UMA?妖怪?ヌエ?」とか思っていると、とうとうその音の横十数メートルを通り過ぎそうになる。今まで左前方から聞こえてきた声が真横の暗闇から聞こえてくるようになって来るのはかなり怖い、それでも目を凝らして音のする方向を見ると生垣のようになった向こう側に何かがいるようだ。

普通動物なら近くを通り過ぎるとどこかに隠れて鳴き止みそうなものだが、そんな気配は全く無く鳴き続けている。

今懐中電灯で真横を照らせば、この奇怪な泣き声を発する生き物を見ることが出来るかもしれない。しかし、その生きものからは明るいライトで前を照らしながら移動している私の事に気付いているのは確実だろう。大抵の動物はこちらに気がつくと怖がって逃げたり身を潜めて自身の存在を隠そうとするものだが、私を認識しながらも鳴き続けているということは私の事は全く怖がっていないと言うことである。

もし、ライトで照らしたりすれば、私を恐れていないその生き物は私に対して何らかのアクションを起こすかもしれない。そう考えると若干首の後ろの毛が逆立つような、毛穴が開いて汗が出てくるような動物的な恐怖と不気味さが湧き上がってくる。

半ば恐怖、半ば好奇心で一瞬迷ったけど、いつでも自転車でダッシュできるようにギアを2段落とし、意を決して懐中電灯を真横に向けてみた。

明るいライトに照らされたのは、生垣の向こうに立ち、真っ暗闇の中でヴァイオリンを弾いていたオッサンであった。

「なんやねん眩しいなぁ!」という迷惑そうな顔で、それでも止めずに一心不乱にヴァイオリンを練習している彼を見て、余りの脱力感で自転車ごと鴨川に転落するほどにすっ転びそうになったのであった。まさにズコーである。

 

泉鏡花の描く妖怪は、なにかしらの情念の強すぎる人間がその念の強さによって妖怪となったものであった。

真夜中の川原の真っ暗闇でお世辞にも上手とはいえないヴァイオリンを、無駄に明るいライトで照らされてもひるむことなく一心不乱に弾くオッサンの背後に実にさまざまなストーリと情念が思い浮かぶではないか。

そんな彼に、妖怪として生まれ妖怪として育つ水木しげる的妖怪ではなく、自らの情念で自らを妖怪として作り変える、ある種ニーチェ的超人のような、鏡花的妖怪となるに相応しい偉大なる情念をひしひしと感じたのであった。

そんな彼には立派な立派な妖怪になって欲しいものである。

また、美しいヴァイオリンの音色に憧れて夜毎に川原で悲しげに啼く妖怪である彼には「川原ヴァイオリン妖怪アマティ」なる名もプレゼントしたい。

いやそれよりなにより照らしてゴメン!

ヴァイオリンも上手になるといいね!!

 

amazon ASIN-4864710279amazon ASIN-4003102738 amazon ASIN-B0002YNIMG

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP