CDを買う、お笑い三段論法

久しぶりに街中に出かける。ビレッジバンガードで本を読み漁り(読むだけ)、服屋を巡り(見るだけ)、CD屋を巡る(視聴するだけ)。
試聴するだけのつもりやったけど、なんとなくCDを買った。前からちゃんと聞きたかった、J.S.バッハ ブランデンブルク協奏曲の全曲集である。
2枚組みで1500円と一番安いのを買ったのだが、もう少しリサーチしておけば良かったとちょっと後悔。
必死で何らかの欠乏に苦しんだ挙句「もういらねぇや」とか「もう無くても良いや」などという心境に達した瞬間に、今まで得られなかったものが得られそうになるという事は良くある。
悟ってしまうと「別に悟らんでも良かった」と思うそうやけど、私の場合は「あ、いらんとか、無くても良いとか言うのは嘘、めっちゃ欲しいし!」と直ぐに手のひら返したようになるので、悟りには程遠いのが良くわかる。
推論規則としての三段論法はなにかを結論付ける上でとても有効とされているらしい。
例えば、AはBである。CはAである。ゆえにCはBである。という具合だ。
しかし、世の中大抵の場合はこんな感じである。
大前提:Aさんは知的な人が好きである。
小前提:AさんはBさんを知的であると思った。
結論
1:ゆえに、AさんはBさんでない。
2:ゆえに、Aさん自身が知的かどうかは謎である。
3:ゆえに、Aさんは「Bさんって知的ですね」と言った。
4:ゆえに、Bさんでないなら知的でないとはとても言いきれないAさんであった。
5:ゆえに、Aさんは「Bさん以外に知的な人なんかいくらでもいるわ、ふん!」と思った。
意図的に特定の答えを除外しているような気もするけど、この複雑な世の中ではどれもが同時に結論となりうる。
世の中三段論法では結論付けられない事が多すぎるし、計り知れない論理が張り巡らされているとしか思えないのであった。

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