新覚羅顕琦『清朝の王女に生れて』/復讐しない岩窟王/自らを守る「ポジティブシンキング」

新覚羅顕琦『清朝の王女に生れて 日中のはざまで』を読んだ。

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この本は清朝10代目の親王である愛新覚羅善耆が辛亥革命によって旅順に逃れていたときに生まれた末娘である新覚羅顕琦なる人物による自伝である。

彼女は子ども時代は旅順で、大学は留学先の学習院で日本式の教育を受けていたということで日本にとても親近感を抱いており、この本も日本語で書かれた。

大学を日本で過ごしていた彼女は日中戦争により帰国して中国で暮らすようになる。兄の子どもの面倒を見ながら、翻訳や家財の売却そして食堂経営などで生きてゆき没落貴族階級の書家と結婚するが、太平洋戦争終結後に親日派でかつ王族であった彼女はある日突然逮捕され、6年間の拘留の後に裁判なしで刑が確定して15年間投獄される。

獄中で最初の夫とは別れるが、出獄後に農村労働者として働いていた時に二度目の結婚をすることになる。

と、王族として生まれ、日本式の先進教育を受け、文化や芸術や学問に何よりも価値を置いて愛していた特権階級の彼女が、ある日突然わけもわからず逮捕されて投獄されるわけであるけど、

ここからが私がこの本を読もうと思った読みどころの、彼女が獄中の21年間に渡り中国共産党による思想改造を受け、刑期を終えて出獄し過酷な農村労働者として社会に出て働く頃には、自らの生まれや育ちを恥じて否定し、逮捕されるまでにもっていた価値や教養は間違ったもので、日々生活に明け暮れる労働者の偉大さと詩歌にはない過酷な自然の美しさを知るという風になってしまう様のエグさと、ヨーロッパの革命のように権力や既得権益を持つものからそれを奪った後に処刑するのではなく、殺さずに思想改造してしまう発想がすごい。

と言うことだったのだが、紹介されていた時に思っていたよりもエグくなかった。

たしかに王族だった才女がある日突然逮捕され、思想犯として21年間投獄されながら思想改造を受け、刑期を終えて社会に出ると、自ら望んで最下層の農村労働者として働き、村の爺さんと結婚して労働と生活を賛美する。

と書くととてもエグく感じるのだが、自意識がハッキリしていて自分を持った意志の強い、どこかトットちゃんを思わせるキャラクターのせいか、むしろ彼女がこれだけの状況の中でこれほどまでに思想改造から自分の価値を守り、自分を保つことが出来たのかという事の方に驚いた。

とてつもなく悲惨な状況なのに本の中からは殆ど悲壮感が伝わってこないところも衝撃的である。

彼女がずっと彼女のままでいられたのはとにかく目の前にある問題に対して、兄の子どもたちを養うためであっても、獄中の中のどうでも良さそうな仕事であっても、自らの知恵と気力をもてる限り傾けてベストを尽くして取り組んでいたからなのだなぁとつくづく感じた。

今でこそ「ポジティブシンキング」なんてものは自己啓発セミナー系の胡散臭い考え方のひとつのようにみなされているけど、彼女の前向きな考え方や生き方を見ていると内に静かに燃える「ポジティブシンキング」が如何に色々な方向から自分を守るかというのがわかったような気がする。

状況は殆どモンテ・クリスト伯なのに、出てきても誰に対しても復讐しないところが素晴らしいですな。

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