グダグダ宵山、ダンボール革命

いつものメンバーといつものように宵山へ繰り出してグダグダする。もちろん良い意味でグダグダ。
我々の間で祇園祭といえばベーコンエッグ鯛焼、玉三郎、そしてフレスコのコロッケである。
このグダグダ感でフレスコのコロッケやミンチカツを食べていると「ああ、そろそろ梅雨も終わって夏だなぁ」と感じる反応が身に染み付いているわけやけど、今年はダンボール入りの肉まんの話がタイムリーなこともあり、ミンチカツを食べながら「あーダンボールカツ美味しいなぁ」などとネタで言っていると本当にダンボールの味なように思えてきて、なんと人間はだまされ易くて自己暗示までにかかり易いのかと感心する。
私がこれをミンチカツだと思うのは大抵の店ではダンボールカツではなくミンチカツが売られているという慣習に従って類推しているに過ぎないし、いま私が食べているミンチカツがダンボールカツでないことを証明するのは実は現実的にとてつもなく難しいはずである。
ゆえに、肉まんと偽ってダンボールまんを売るという行為は、ただ消費者に対する不利益を生むだけでなくって、肉まんが肉まんであり、食べ物が食べ物であり、私が私である、などといった普段何の疑問も抱かない日常的な前提条件を根本から覆そうとする、いわば、ダンボール革命でなのである。
日常的にダンボールまんやダンボールカツや麻婆ダンボールが売られる世界が美しくあろうはずが無い。そこでは肉まんがダンボールで作られ、ダンボールは食べ物であり、私までダンボールであることすら起こり得る。なんとしてもダンボール革命は阻止せねばならないのである。
などとどうでもいい事を思う、グダグダ宵山であった。

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