2016年9月8日

世界の巨匠たちが子どもだったころ@京都伊勢丹美術館えき

「終わりそうな展覧会の感想を書くシリーズ」今回は京都伊勢丹美術館えきで開催されている「世界の巨匠たちが子どもだったころ」についてだー

内容はタイトルの通り日本から世界までの巨匠と呼ばれる画家やデザイナーの10代の頃の作品ばかりを集めた展覧会である。
展示品はいろいろな博物館美術館から借りてきたのではなく、愛知の「おかざき世界子ども美術博物館」がこの趣旨で集めたコレクションをそのまま持ってきただけであったけど、この展覧会は巡回展ではなくこの「京都伊勢丹美術館えき」だけで開催されているようで、やるなー伊勢丹という感じである。
過去に観る前はそれほど興味がなかった北澤美術館のガレとドームのガラス食器とか、ウフィツィ美術館の自画像コレクションを現地ではない京都だったり大阪だったりで観て大好きになったりしたけど、個性のあるコレクションを現地まで行かずに鑑賞できる方向性の企画展は大好きである。

で、展覧会の内容についてであるけど、結局この展覧会に来る人の一番の興味は「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に尽きるのではないかと思う。
画像にあるピカソの14歳のデッサンとかはおおーっ!と圧倒されるし、16歳の平山郁夫が描いた虎とかも渋すぎて笑えるくらいに子供の頃から巨匠感満開であるけど、そうでない子供っぽい絵も多く、この展覧会を観た私の「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に対する結論は「人による」という身も蓋もないものであった…

とはいえ、どの巨匠の子供の頃の絵も技術的な部分とは別に、巨匠と呼ばれるような、心を揺さぶられたり衝撃を与えらたれたりするほどの絵かといえばそうではなかった。
圧倒的な筆力のピカソのデッサンやエゴン・シーレが描いた姉の絵や平山郁夫の虎よりも、それよりも遥かに簡素に書かれたキュビズム的な絵や自分の醜さを書いた自画像や、シルクロードの風景の絵のほうが遥かに迫ってくるものがある。
当たり前といえば当たり前であるけど、巨匠が巨匠であるのは絵の上の技術でも力でもなくまた別の、書かれた絵の先だったり奥だったりするその人間そのものに由来する何かだと改めて思った。

人間は生きていれば進化したり退化したり伸びたり縮んだりするわけであるけど、オッサンになって思うのはこのくらいの歳になると、生まれた環境とか子供の頃に何をしていたとかいった系統的な要素はほとんど関係なく、どう生きて何を自分で学んだかという個体レベルの差が大きくなるとつくづく思う。
子供だったり若かった頃に感じた系統差のようなものはオッサンになると殆どなくなって個体差しかなくなってくるように思う。
私ももう私が只の人間であるとこの先や奥のほうで何かしら成長して、「ドグー」から「ドグリュー」くらいに進化すると良いな~

で、そんな「世界の巨匠たちが子どもだったころ」点は京都伊勢丹美術館「えき」で2016年9/11までだ~急げ~

2016年8月23日

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

伊丹市立美術館で開催されている「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」に行ってきた。

結構マイナーな展覧会らしくあまり情報がなく、この春に世田谷文学館で開催されてから、夏に私の行った伊丹市立美術館と冬に福岡県で開催されるだけであるようである。

この展覧会では岡崎京子がまだ子供時代だった頃に戯れに描いたイラストから、学生時代に掲載された作品に始まり、書籍化されている代表作の原画だけではなく、単行本化されていない原稿やファッション誌から情報誌からサブカル誌からロリコン漫画誌までありとあらゆるメディアに載ったマンガや文章といったものも展示されていてその情報量は膨大だった。
岡崎京子の生い立ちから作品群やその時代背景や解釈や文化的ポジションまでを網羅する、岡崎京子を知らない人にも楽しめるような構成でありつつも、ごく最近に出た数冊を除いて岡崎京子の書籍化されたほぼすべての作品を読んだ私のような密かな岡崎京子ファンにも十分満足できる良い企画展だった。

展覧会そのものは大きく4セクションに分けての展示がなされており、それぞれ、
SCENE1が「東京ガールズ、ブラボー!!」
SCENE2が「愛と資本主義」
SCENE3が「平坦な戦場」
そしてSCENE4が「女のケモノ道」
というテーマになっている。
一見時系列で彼女の作品群を区切ってテーマ分けしているように見えて、実は発表された時代ではなく内容によって区切られおり、なるほど見事な起承転結のこのテーマ区分とセクション分けそのものが一つの岡崎京子解釈だなぁという気がする。
サブタイトルとなっている「戦場のガールズ・ライフ」、これこそを岡崎京子が描こうとしていたものとして見るスタンスだな。

SCENE1でブランドや飲食店や音楽などの固有名詞が飛びかう会話を交わしながら軽く生き抜く様を描く『東京ガールズ、ブラボー!!』で情報過多で欲望に翻弄される都市生活を営む少女の日常を描き、
SCENE2と同じ「愛と資本主義」がテーマの「マンガが文学になった」とまで言われた『pink』で描かれる、食費のかかるワニを買い、大好きなピンク色のものを買い漁るために昼はOL夜はホテトル嬢という生活を楽しく営む女子は、資本主義社会に属しながらも何処か違う形で組み込まれることでささやかな違和感を表現しているように見える。
SCENE3ではバブル経済が崩壊した不穏な社会情勢の中で、ゲイである自分と世界に折り合いを付けることのできない少年と、過食嘔吐を繰り返しながらモデルとして活動している少女と、どこにでもいそうな平凡だけどそれなりの不安と問題と葛藤を抱え込んでいる少女の三人が河川敷に打ち捨てられた人の死体を眺めることで精神的安定を保つ様を描く『リバーズ・エッジ』を「平坦な戦場」と表現し、
そして、SCENE4ではそんな女子達が歩く「女のケモノ道」が描かれる。
全身を整形してサイボーグのように完璧なルックスでもって芸能界をサバイバルしようとする「りりこ」の物語『ヘルター・スケーター』のようなアグレッシブな路線だけでなく、
一方で時代的にはpinkと同時代に発売された、仲良し女子3人組の面白おかしく語られる会話のみが描かれる『くちびるから散弾銃』の限りなくソフトで軽い路線ももこのセクションに入っていて感心する。

岡崎漫画に登場する主人公は大抵誰も魅力的で美しいけど、そこに出てくる男性はほとんど例外なく魅力が無いと言い切ってしまっていいと思う。
彼女の描く女子は恋をしたり男を利用したりしつつも、彼女の描く物語の根本のところで男性は必要とされておらず不在であるように思える。
そういう意味で言えばこの展覧会での岡崎京子の描く「女のケモノ道」や「戦場のガールズ・ライフ」はフェミニズムのひとつのあり方であると捉えることができるかもしれない。

彼女の作品群は映画、小説、音楽、現代思想からの引用が多い。
かと言って彼女の登場する人物がそういった傾向を持つのかといえばそれは全く逆である。
登場する人物は基本的に何かに熱中することがなく、何かを創造したり何かを解決したり何かを考えたりはしない。
スポーツや創作活動や何かしらの「道」に邁進することももなく、過食嘔吐だろうがLBGTだろうが家族の不和だろうがそれらに向き合ったり折り合いをつけたりせず、それらについて深く思考する素振りすら見せない。
みんななにかしらちょっとした悩みと違和感を抱えながらも何も考えずただ消費者原理に首まで浸かり欲望のままに流されてゆくだけだ。
彼ら思考する主体ではない消費活動だけを行う登場人物から浮かび上がってくる現実のその様がリアルに感じられとても素晴らしいのだ。
ただの小難しい文学かぶれの漫画と彼女の漫画が根本的に違うのはこの部分にあるように思う。

そして彼女の作品にはその文学性に相応しい美がある。
今まであまり触れられることも言及されることもなかったけど、
ある男が好きでたまらない女子大学生がが体の関係だけでいいからとその男子に迫り、夏休みに一週間彼の性的な奴隷にまでなって結果的にフラレてしまう『私は貴兄のオモチャなの』という作品が私は大好きだ。(ちなみにこの展覧会ではこの『私は貴兄のオモチャなの』の主人公星子がステッカーになっていてとてもびっくりした。)
若いころの恋愛のあまりにも極端な形が、男性側でなく女性側の目線で描かれていることで、オッサンである私は過去に身近に接していながらも決して理解できなかった世界の一端に触れたような気になった。
最後の1日で恋人として付き合うことを諦める代わりに公園でデートして船に乗るシーンはポランスキーの「テス」を思わせるし、
そして何事もなかったように家に帰ったあとの日常の一コマを描いたこの物語の最後の方のシーンもとても美しい。

若さゆえの奇跡の美しさをただ無闇に消尽させる様はまるでバタイユではないか。
このバタイユ的な美しさこそが岡崎京子本質ではないだろうか。

ストーリーとしてはブラックで醜くて重たいものであるけど、全体としてとても軽いトーンで貫かれている。
変に問題提起も告発も暴露もせずただ淡々何も起こっていないようにすら見える。この軽やかさが岡崎京子の持ち味だ。

全てを賭けた恋に絶望的に破れ、体も心も文字通りボロボロになって生還したものの、結局何も成就されず解決されなかった物語のラストとしては、
この最後のページはあまりに軽やかだ。

岡崎京子は

「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
いつも、たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。」

と書いている。

一方でニーチェはツァラトストラにこう語らせている。

「人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである。」
「わたしは愛する、没落する者として生きるほかには、生きるすべをもたない者たちを。それはかなたを目ざして超えてゆく者だからである。わたしは愛する、大いなる軽蔑者を。かれは大いなる尊敬者であり、かなたの岸への憧れの矢であるからだ。わたしは愛する、没落し、身をささげる根拠を、わざわざ星空のかなたに求めることをせず、いつの日か大地が超人のものとなるように、大地に身をささげる者を。」

まさに岡崎京子に登場するキャラクターのことではないか。
岡崎京子作品は、ニーチェ目線でバタイユ的な美を描いているのだ!

と話が大げさになってきた所で今日のブログは終わり。
無闇に長い上に、「岡崎京子展」じゃなくって「岡崎京子」の話になったな…

ということで、展覧会後のお昼に近くで食べたパスタとピザが美味しかった。

あまりに熱中しすぎて昼前に入ったのに出てきた頃にはとっくにランチタイムが終わっている程の充実した展覧会、
「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 は9月11日(日)までだ。急げ~

 

2016年8月22日

京都市美術館の「ダリ展」と京都文化博物館の「ダリ版画展」、そして京都国立近代美術館

先日、京都市美術館で開催されている「ダリ展」、その向かいの京都国立近代美術館のコレクション展、そして京都文化博物館の「ダリ版画展」と3つの展覧会をはしごしてきた。

サルバトール・ダリなる人物は生まれつきの天才で、奇人で独創的なシュールリアリズムの画家というイメージがある。
しかし、若いころはモネ風な印象派だったりピカソ風キュビズムだったり、マティス風フォービズムっぽい絵を描いたりしていたし、彼が自身のスタイルを確立してからもシュールリアリスム的モチーフの主な源泉だった夢を記録するために、椅子の背にスプーンを置いて寝て、寝入りそうになるとスプーンが落ちて目が覚める。という涙ぐましい努力を密かに行っており、根っからの先天的な天才というよりはある程度作られた部分があるように思う。
彼自身も「天才になるには天才のふりをすればいい」という言葉を残しているくらいだ。

彼の「いかにもダリ」という作風が芽生え始めるのは彼の生涯の伴侶となったガラと出会ってからで、後の彼の「奇人ダリ」という一つの世界を、作品からキャラクターから言動までのすべてをプロデュースしてコントロールしていたのはダリ自身ではなく、彼のミューズであり支配者でもあったガラだという話は有名だ。
ダリよりも10歳年上だったガラはずっとダリの妻でプロデューサーでありつつも堂々と若い芸術家の恋人たちを複数人面倒を見て、一方のダリも晩年にはガラ公認のアマンダ・リアなる40歳年下の恋人がいた。
一般的には少し歪んだ夫婦関係に見えるけど、それでもガラの死後のダリが創作活動を拒否して閉じこもり後を追うように死んでしまったくらいで、お互いはお互いを生涯特別な存在として愛し添い遂げたことだけは間違いない。

で、京都市美術館の「ダリ展」について、

彼の生涯にわたっての作品を網羅的に扱うこの展示会ではそのダリとガラの関係を突っ込んで考察したり解説してあるかと期待したのだが全然そうではなかった。
ガラに関しては1つのコーナが設けてあったのだが、結局「ガラは彼にとってミューズでありプロデューサーであった」みたいな、そんな知っとるわー的なことばかりで、結局ダリにとってのガラの魅力とか、ダリはどんな影響をガラから受けたのか、そんな事は全然わからず仕舞いだった。

そういえば、以前、フランスの画家バルテュスが45歳の時に人里離れた城館で15歳の恋人の少女と2人だけでほとんどだれとも合わずに8年間暮らし、その間はほとんど田園風景とその少女の絵しか書かなかった事実を同じく京都市美術館でやってた「バルテュス展」で完全スルーされていた事を書いたことがあった。
→「バルテュスを通してロリコンと美を考える

こんな感じのでっかい美術館での大規模展覧会では無難なところはオブラートとどころか完全スルーされる傾向があるなー

この展覧会で私が一番「おおっ!」と思ったのは「不思議の国のアリスの挿絵」だろうか。
19世紀末から現在に至るまでの芸術家の多くがそうであるように、ダリも純粋芸術たる絵画だけでなく、商業デザインから舞台演出から建築から本の挿絵に至るまで実に様々なジャンルに関わっており、その「不思議の国のアリスの挿絵」もそんな中の1つだ。

しかし挿絵と言いつつも前もって知っていなければ「不思議の国のアリス」とは分からないダリっぷり、ダリは何を描いてもダリでしかない。
その扉絵1枚と挿絵12枚のどれもがシュールなのだが、注目すべきはこの1枚「狂気のティーパーティー」だ。


この挿絵に描かれている蝶が実際に存在する蝶であることは昆虫好きな人から見れば一目瞭然だろう。
この蝶のほかにもほかの挿絵に登場するナナフシだのカミキリムシだの昆虫だけが妙に写実的なリアルさを持っているのが変に印象に残る。
蝶の模様といえばいかにもシュールにデザインできそうなものだけど、模様を考えるのが大変だから図鑑なり写真ををそのまま写したんじゃないかという気がしないでもない。
このあまり写実的な絵が、ダリにすれば逆にあまりに適当すぎるようで笑った。

で、そんなダリの挿絵やらなんやらの版画に特化した京都文化博物館の「ダリ版画展」である。

このパンフレットの蝶がすでに不思議の国のアリスの挿絵と同じく写実そのものでちょっと笑ってしまうけど、絵ではなくコラージュなのであまり違和感はない。
京都市美術館がかなりの人出だったのに引き換え、この版画展は人も少なくて心地よかったし、網羅的な「ダリ展」に引き換え、円熟期以降の「版画」に絞ったこの展覧会はテーマが明確でその分内容も濃かったように思う。
例のごとく言われなければそうとはわからないダンテ『神曲』の挿絵も、「実は神曲を読んだことがない」と5年後にダリが告白していると解説したり、日本の民話につけた挿絵を「明らかに内容と関係ない」と解説したりなかなか可笑しかった。

『神曲』は読んだことがなくてもそれらしくイメージして適当な挿絵を描けるような気がするけど、昔話の「花咲か爺さん」の挿絵でシュールなドラゴンらしき生物とシュールな馬らしきものに乗ったナイトらしきものが戦っているのには笑った。いやいや、絶対そんなん出て来んしね。
「昔話言うたらドラゴンと騎士やろー」的な安直な発想が透けて見えるようである。
本文を全部読まずに評論を描いたり、映画を見ずに解説したりするという話はよく聞くけど、本文を読まずに挿絵を描いてしまうダリの天才っぷりは素晴らしい!
いろいろな方向にぶっ飛んだダリの芸術性だけでなく、適当さだとかお茶目さも伝わってくるような展覧会だったと思う。

そして、その2つの間の展覧会の間に京都市美術館の向かいの京都国立近代美術館の常設展に寄ってきた。
去年に所蔵したというクリムト、ココシュカ、そしてエゴン・シーレの素描やら版画で構成された「ウィーン世紀末のグラフィック」コレクションが目当てだったけど、展示自体がとても少なく、それよりもマネキンを使った作品群の「キュレトリアル・スタディズ11: 七彩に集った作家たち」がとても面白かったし、ミュージアムカフェの甘々トーストもおいしかった。
やっぱり私は現代アートが好きなんだなと。そしてもうダリはもうすでに古典なんだなーと思ったのであった。

 

 

  

2015年10月27日

大原美術館再訪/熊谷守一と地獄変/下手も人生のうち

先週の末に友人たちと倉敷に行って来た。
友人たちはレンタルサイクルを借りて、いわゆる「美観地区」をぐるぐる巡るスタンプラリーのような事をやっていたのだが、私は独りでほとんどずっと大原美術館にいた。

二年前に行った時は時間的に制約があったので思う存分堪能したとは言い難く、大原美術館はええとこやーという事だけがわかった状態だったけど、今回は好きなペースで心ゆくまで大原美術館を堪能できたように思う。
週末だけあって大原美術館周辺は観光客でごった返していたけど、美術館内は人もまばらでとても心地良かった。

前回一番衝撃を受けたのは熊谷守一の「陽の死んだ日」だったけど、今回もその衝撃は変わらなかった。

実物を目の前にして盛り上ったり叩きつけられたりしている油絵の具の流れを見ていると、ただただ圧倒的な激情のようなものが湧き上がってくるように感じられる。

なぜか絵を描けず収入が途絶え、妻が絵を描いてくださいと懇願する中、絵をかけないまま次男の陽を医者に掛からせることも出来ずに死なせてしまった彼は、幼くして死んだ息子の枕元で突然絵筆を手にとって30分ほどでこの絵を描いてしまったらしい。
我が息子が死にそうになっているのに、その息子を救うために絵を描けなかった彼が、その息子の死を題材にして絵を描いたわけである。

この絵を見る人は彼の画家としての業の深さのようなものを目の当たりにすると同時に、その業の深い絵に対して圧倒的な感動を覚えている自分に気付くのである。
そして、絵を描いた彼だけでなく、彼同様に自分の中にもある、そして人間存在一般の中にある業の深さのようなものに目を向けることになるのだ。

陽を失ってから25年後、彼が67歳になった時、彼は次男だけでなく長女の「萬」も失い、その火葬の後に家に帰る様子を「ヤキバノカエリ」という絵に描いている。

抉り取られるような痛みと激情があふれるような「陽の死んだ日」に比べると、圧倒的に静かな喪失感のようなものが感じられるけど、
それでも淡くてコントラストの低い世界の中で長女のお骨とそのお骨を持つ長男の明暗の差はやはり「陽の死んだ日」に通じるものがあるように思う。

若い頃は「野獣派」にカテゴライズされる「陽の死んだ日」のような絵を描いていた彼は、やがて「ヤキバノカエリ」のようなシンプルな絵を描き始め、晩年はひたすら庭の虫や花を題材に殆ど子どもの書くような絵になっていった。
彼は、上手であるという事は先が見えていて行き先も分かってしまうけど、下手であることはどうなるか分からないしスケールが大きい。という意味のことをインタビューで答えていた。
そして常々「上手い絵を書こうとは思わない」と言っていたとおり、晩年の彼の絵は自らの絵を「下手も絵のうち」と表現するほどに極限までシンプルに削り取ってゆくわけである。

考えてみれば、絵を描くことしか出来なかった彼が絵を描くことが出来ずに子どもを死なせてしまい、殆ど画壇に属さずアウトサイダーであり続け、誰から見ても野心も競争心も虚栄心も感じられず、やっと晩年に認められながらも文化勲章も勲三等も辞退するという、とても不器用な生き方しか出来なかった。
彼の生き方は上手く立ち回った他の画家たちに比べてとても下手だったといえるだろう。
後に彼は「仙人」と呼ばれるような隠遁者のような静かな生活を手に入れて晩年をすごすわけであるが、
彼が目指した「下手も絵のうち」の画風は自らの下手な生き方を「下手も人生のうち」として肯定する1つの試みであった。とも言えるかもしれない。

芥川龍之介の短編に、画家が地獄絵図の屏風絵を完成させるために溺愛していた我が娘が牛車に乗ったまま焼け死ぬ様を描く『地獄変』なる物語がある。
その画家良秀は絵を完成させた後に自ら死を選ぶわけだけど、
同じく何も出来ずに死なせてしまった子どもたちを描いた熊谷守一は97歳まで生きて天寿を全うした。
彼が自ら背負った業に押しつぶされることなく、また決して自らその業を自分もろとも投げ捨ててしまうことなく「下手も人生のうち」として人生を生き抜いたところに彼の偉大さがあるように思う。

このエントリーを書くために熊谷守一の事をネットで調べていたのだが、色々な切り口はあれど、ある程度方向性は同じものが多い中、
1つのビジネス雑誌系のサイトで「長生きするってすごい!97歳まで生きて、最後まで裸婦を描く」というあまりにも脂ぎったタイトルで他のものとはまったく違う毛色で熊谷守一のことを紹介している記事があってとても驚いた。
アカウントを取得してログインすると続きを読めるタイプの記事だったので続きは全く読んでいないけど、なんとなくどういう読者層に対するどういう記事なのかは予測できるような気がする。
そんなもんわざわざ熊谷守一なんかを紹介するんじゃなくってアンチャン藤田嗣治でも特集した方がええんちがうか?

なんというか、人は自分の理解したいようにしか他人を理解しないというのがつくづく分かった。
たぶん私も熊谷守一のことを自分の理解したいようにしているのだろうな。そして色々な人も同様に。

  

2015年10月12日

マグリット展@京都市美術館 / 世界の綻びを押さえる

終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ、今回は今日で京都市美術館での会期が終了してしまった「マグリット展」だー

マグリット展

ルネ・マグリットは20世紀初頭に(正確には1898年やけど)ベルギーに生まれた、向精神薬の販促ポスターのような絵でお馴染みの、いわゆるシュールレアリスムに分類される画家である。

 

 
まぁこんな感じで、観ていると、何時も過ごしている日常が実は見えないところで歪んできているような、なんだか自分の日常の恒常性の土台が緩んでくるような不安が這い登ってくる気がする。
単に常識と知覚の裏をかくような騙し絵的な面白さだけでなく、そこに張り詰めたような不安と脆さと不安定さが同居するところがジワジワ来るわけですな。

こんな絵を描くマグリットであるけど、当然最初からこういう絵を描いていたわけではなく、当初はグラフィックデザイナーやポスターといったイラストレータ的な仕事をしていた。
彼がシュールレアリスムに転じたのは、キリコの「愛の歌」を見て衝撃を受け「キリコはどのようにして描くかではなく、なにを描くかについて理解している画家だ」とか言ったのがきっかけであるらしい。
極端に一般化して言うと、それまでの絵画、つまり、まず聖であったり美であったり恐怖であったり醜であるといったようなテーマとしてすでに決定されている何らかの対象を「どのように描くか」で勝負する描き方から、マグリットは「なにを描くか」ということそのものをテーマとする方向に転換したともいえるわけである。

で、そういうマグリットは一体なにを描いていたのか?
かなりうろ覚えやけどこの展覧会の解説で、マグリットの言葉として、私にとって絵とは常に世界から問われ続けている問題に対するひとつの回答の提示である。たとえばリンゴ、椅子、空、などが常にその存在の意味を強く私に問いかけてくるのだ。というような意味のことが書いてあった。
普段我々は日常的に暮らしている世界で、マグリットのようにリンゴやら椅子やら空に意味を捜したりすることなんかほとんど無いし、ましてやそれらからその存在の意味を問われたりすることなど無いだろう。
自分に関わるあらゆることに意味を求めだすという状態は、どちらかというと統合失調症的な状態、たとえば目の前を横切る車のナンバープレートの数字に、テレビのニュースに、今日の天気に、何か大きなものから自分に対するメッセージや意図やほのめかしを見出そうとするような状況に近いように思う。
実際に「目に映るすべてのものはメッセージ」という状況を想像してみるとメッセージを受け取るだけで精一杯で、世界に安らぎなんか無いような気がしてきますな。

これはマグリットがどういう風に世界を捉えていたのか、そして何を描こうとしていたのかという一端をとても表しているように思える。
マグリットにとって世界は常に自分にその存在の意味を問いかける場であり、彼は絵を描くことでその問いに答え続けてきた。とも言えるわけで、
彼は生涯を一銀行員として、幼馴染の妻と添い遂げて過ごし、待ち合わせの時間には遅れずに現われ、夜10時には就寝し、絵の創作についてもアトリエを持たず食堂で行い、決して服を汚したり床に絵具をこぼしたりすることはなく、「芸術家」でイメージされるのと正反対の可能な限りの几帳面さを維持しつつ慎ましく生活していたわけだけど、一方で彼は13歳の時に母を入水自殺で失うという経験もしている。
端的に言って、彼が可能な限りの秩序と幸せを維持して生きていた世界は、一方で母が突然自殺してしまうような世界でもあるわけである。

彼が、美しく平穏に秩序だって見える世界が実は裏を返せば混沌と不条理に満ちており、ちょっと油断すればそんなものが世界の裂け目から噴出してくるのではないかといったような印象を持っても当然であるように思えるし、彼が秩序と理解の彼方を行く世界を描きつつ、実際の彼は完全なる秩序を保った暮らしをしていたという事実は、彼は彼なりに世界の秩序を維持しようと努力していたような印象すら受ける。

言うまでもなく、いくら世界が美しく秩序だって平穏に見えたとしても、その背後に醜くて混沌とした不条理の世界が表裏の関係のように隠れているのだろう。
そんな世界の中でマグリットが彼なりの戦いを繰り広げていた事が分かるような気がするし、彼は世界という見えない敵と戦いながら、その謎を暴露しつつ、そしてその綻びを必死に押さえていたのかもしれない。

この展覧会には彼の描いた実にさまざまなシュールレアリスム的な絵が沢山あったけど、私はこの「出現」という絵が一番グッと来た。
彼が良く描く「青空」の世界を表、あるいは日常の側だとしたら、このカラフルな鎖が浮かぶ暗雲立ち込める世界は一体どこなのだろう?そして何が「出現」しているのだろう?

見ているとなんかこう胸を締め付けられるような感じがしますな。

  

2014年11月19日

奇想天外! 浮世絵師 歌川国芳の世界@京都伊勢丹/pop! rock! kawaii!!

「すでに終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ」、今回はあと一週間ほどで終わってしまう、JR京都伊勢丹の「美術館 えき」で開催されている「奇想天外! 浮世絵師 歌川国芳の世界」についてだーっ!

この展覧会は歌川国芳の美人画、風景画、武者絵、動物絵、肉筆画による掛け軸など、あらゆるジャンルの作品を集めたものである。

浮世絵が江戸で流行っていた当時は世界的に市民階級が力を伸ばしていた時代であり、「芸術」は貴族や王などの権力に仕えるものではなく、力を持ち始めた市民階級のものとなりつつあったわけであるけど、当時のユーゲント・シュティールやアール・ヌーヴォと同じように浮世絵も当時の時代の最先端であり、国家権力ではなく町人に多大な人気を得ていた。
そういう意味で浮世絵は今で言えば「権力に仕える芸術」ではなく「市民に愛されるアート」であり、流行の最先端で消費され続ける「ポップ」なものであった。
そんな浮世絵は贅沢を禁じた天保の改革によって弾圧され、贅沢品とみなされたり風紀を乱す恐れがあるとされたものはことごとく規制された。
春画はもちろんの事、娯楽性が高いと言う名目で歌舞伎や寄席が禁止された影響で美人画や役者絵まで禁止されたが、当時の絵師たちは様々な方法でその規制をかいくぐり作品を発表し続けた。

歌川国芳は浮世絵師の中でも、様々なジャンルの絵を描いた人であるけど、美人画を書き続けた喜多川歌麿などは、「判じ絵」 などの禁制の新しい回避手法を考えるたびにそれを潰され、結局「手鎖50日」に処されて気勢を削がれるが、歌川国芳は何度も奉行所に呼び出されて厳重注意されたり始末書を書かされたり罰金刑になったりするにも関わらず、法をかいくぐって絵を描くだけでなく、そんな体制そのものをもその作品の中で批判したり揶揄したりして笑い飛ばす。
そういう意味で歌川国芳はポップであるだけでなくとてもロックな人物でもあったわけだ。
この二つの絵は一見全く全然関係のない順法的なものに見せかけながら、黒船におびえるだけで何も出来ない幕府を揶揄したり(左)、天保の改革などの悪政を批判したりする(右)ものだとされているが、そんなん言われんとわからんわー
 

余りにも時代の最先端を行き過ぎた「過激」な表現が時の国家権力によって敵視されたり弾圧されたりするのは昔も今も同じである。
わいせつと断じられた『チャタレイ夫人の恋人』から「ろくでなしこ」まで、権力を否定すると断じられた「ジョージ・オーウェル」や退廃芸術だと認定された「エーリッヒ・ケストナー」まで、時の権力に否定されてしまったアートは逆に「誉め殺し」ならぬ「貶し誉め」として「国家権力に反体制だとお墨付きを頂いたアート」としてますます価値がアップするのだ。
同じように歌川国芳も上のような絵を発表し続けることでその人気はますます高まっていたようである。

また、何らかの規制をかいくぐる為に考えられた手法が逆に別の魅力を獲得して1つの表現形式と定着してしまうこともよくある。
エロ方向でのこの手法の創意工夫は本当に涙ぐましい。もう涙ぐましい域を脱して感動的ですらある。
例えば…
いやいややっぱり書かないでおこう。

歌川国芳のこの二つの絵「レイク」的なものと「オヤジギャグ百連発」的なものは、文字そのものを書かずに文字を表現する「判じ絵」 の手法の発展形といえるであろうし、

この擬人化された金魚や猫などは、直接役者や遊女を描く事のできなかった時代に動物として描く事で生み出された方法でもある。
 

この猫と金魚の可愛らしさはたまりませんな!

しかし、何といっても歌川国芳のエッセンスはこういった劇画ちっくに濃ゆいこんな感じの絵の中にあるように思う。

この「進撃の巨骨」に「赤穂浪士の奇妙な冒険」の卓越したデッサン力を見よ!どうよ?
そのデッサン力の凄さは展示後半にあった掛け軸などの肉筆画で存分に味わえるぞ。

浮世絵を見ているとマンガやらアニメやら現代の日本文化のあらゆる可能性が見えるような気がするけど、浮世絵全体の持つ「POP」さだけでなく、歌川国芳独特の先に紹介した金魚や猫の絵のような「KAWAII」、さらには体制に反発する「ROCK」も味わえる、
「KAWAII」モノを見てニヤニヤしつつ、権力を否定したい「ROCK」な人なんかにお勧めのこの展覧会は2014年11月24日までだ~
盗んだバイクで走り出さずに、公共の交通機関をご利用して急げ~

 

2014年10月15日

金沢へ行く/色絵雉香炉さんと二人きりになる旅

先月、もう一ヶ月前ほどの話であるが、兼六園と21世紀美術館を目当てに金沢に行ってきた。
金沢駅を下りてすぐに「ゴーゴーカレー」の営業車を発見し、無闇にカレーが食べたくなるリビドーが湧き上がってくる。ナンバーまで55だ!

旅行中はご当地物を食べるのが鉄則である。
金沢カレーはご当地物に含まれるけど、ゴーゴーカレーは京都の三条にあるがな!我慢我慢!
なんせ1日3食なのだ。そんなに何でもかんでも食べられない。
人の食べているカレーはなぜかやたらと美味しそうに見えるが、カレーの営業車まで美味しそうに見えるとは色々末期だな!
ということで、食べたご当地物はこんな感じ。

金沢と言えば回転寿司の「もりもり寿司」。ご当地物のネタが大回転中だー


写真は能登5種盛りとホタルイカ、ノドグロの赤だし。ホタルイカが美味しくて二皿分食べた。
美味しかったー文句なしのご当地ものだー

私は旅行に行くと旅行先のスーパーやデパートの食品売り場に行くのが大好きなのだ。
ということで、ホテルの部屋に帰ってデパ地下寿司をつまみにデパ地下購入の日本酒を飲む。

デパ地下寿司はご当地物度はまぁ半分程度だが、この加賀鶴 特別純米酒『前田利家公』なる日本酒は文句なしのご当地ものだー

ご当地物というかご当地美術館の金沢21世紀美術館の併設カフェ「Fusion21」 で朝昼ご飯の予定だったが
閉まっていたので向かいにあった「いしのき迎賓館」なる建物の中のスイーツなお店で食べた。
 
 
と、このように食べ物から店から見える景色までスイーツ。
この店の名前は「PAUL BOCUSE」?って節子それご当地ものちがう!チェーン店やないかーグローバル社会のあほー!
いやしかし!食器だけはご当地物だぞー

そして金沢に来た目的の一つ兼六園。

前日に雨が降ったせいか庭園中がキノコだらけ。
 
こんな可憐なキノコ達から
 
食べればトリップしてしまうキノコまで沢山!

見ているだけで、うおおーキノコがいっぱい!とテンションが上るが、決してそんなシロシビン系キノコを食べたわけではないのだ。

先日岡山の後楽園に行ったときも思ったのだが、山だろうが植物園だろうが庭園だろうが、植物が生えている場所に行くと、ついついキノコしか探していない自分に気付く。
もちろん私はここ兼六園でもひたすらキノコを探し、景色を撮っている人たちを尻目にひたすらキノコの写真を撮りまくる。

朝一番に行ったので、公園を清掃する人たちが沢山いたのだが、その公園清掃部隊が生えてるキノコを片っ端からむしりとるのを発見して驚愕する。

こんなに可愛くも微笑ましいキノコ達を美とするのは余りにもマイノリティー過ぎるのか?庭園的視点から見れば卑しくも無節操に生えてくるキノコどもは美観を損ねるノイズでしかないのか?

民主化を求めるデモ隊に向かって水平射撃し、片っ端から逮捕してゆく治安部隊のように、容赦なくキノコをちぎっては投げちぎっては投げゴミ袋に詰め込んでゆく公園美観維持部隊を見るにつけ、
ムラムラと反骨精神やら反体制的な怒りが湧き上がってくる。

私は戦車隊の前に一人立ちはだかる市民のように、その目の前に体を投げ出して大の字に地面に寝転んで
止めろー!こんな可憐なベニタケむしるくらいなら替わりに俺のキノコをむしれー!」と叫びたくなったが、色々な意味でむしる方が嫌だろうし、それに本当にむしられたら私も困る。
あっ!キノコたちの後ろに公園美観維持部隊が!

「逃げてー!キノコ逃げてー!ベニタケ逃げてー!イグチ先生逃げてくださいー!」
いやー綺麗な庭園でしたよー

で、この金沢に来たもうひとつの目的である21世紀美術館である。

ワクワクして行ってみたら絶賛休館中でズコーだった。
美術館、博物館は大抵月曜日が休みやけど、月曜日が祝日だったので次の日の火曜が休刊日ということらしい。せっかく来たのにガッカリだよ!ガッカリだけじゃなくショボーンだよ!
京都から来ただけでこれほどしょんぼりするのに、わざわざ遠いところから来た人はどれだけ残念だろうか。
閉ざされた入場口の前で呆然と立ち尽くす我々、やたらと早口で大声で話し合っている中国人らしき人、床に座り込んでうつろな目で空や壁を見つめるヨーロッパ系らしき旅行者

まさにネットでよく見るこの画像のような感じだった。
そんな21世紀美術館の風景そのものが
「期待そして絶望、やがて放心あるい怒り 2014」とタイトルのついたインスタレーションのようだった。あほー!

が、しかし、展示場は全て閉まっていても、外から見られる無料ゾーンだけは入れるようになっていたのは気が利いてる。ガラガラなので写真撮り放題だ。
いや、写真だけ撮ってもしょうがないけどね…
 
 
 

金沢21世紀美術館がしまっていたのでプリプリしながら石川県立美術館へ移動。

金沢21世紀美術館に比べれば圧倒的に渋いと言うか地味というかそんな感じの美術館であるせいかガラガラで心地よかった。
石川県立美術館といえば17世紀に作られたと言われる国宝「色絵雉香炉」である。

17世紀と言えばヨーロッパ諸国が魔女狩りに勤しみ、トルコ軍がウィーンを包囲していた頃で、フランスの支配階級は宮廷で贅を尽くす一方、日本の大名はこんな香炉で香を炊きつつお茶を楽しんでいたと。
渋い!日本人渋すぎるぞ!
しかし、最初から美術工芸品として作られたクオリティーの高すぎる茶器などは観賞用で実際に道具として使われることなんかほとんどないように、
この「色絵雉香炉」も観賞用の香炉か?と思ったら、実際に使った痕跡があると解説に書いてあった。
国宝レベルのものを(当時は国宝ちゃうけど)実用品として使うとは 恐るべし前田家。恐らくお茶席で特別なお客さんを招いたときにでも使ったのだろう。これでもかと客をもてなす心意気を感じますがなー

この「色絵雉香炉」は重文の「色絵雌雉香炉」と共に展示室一個を使って展示される特別扱いだが、我々のほかに誰もおらず、プライベート展示室状態で国宝を独り占めだ。(正確には二人占めやけど)
色絵雉香炉さん...やっと二人きりになれましたね...」(初めてお会いしますけど)ってことで上から下からあんなところからこんなところまで心ゆくまで鑑賞だ!

この他の常設展は陶器から漆器、指物から茶道具、掛け軸から屏風といった渋すぎる美術工芸品が多く、加賀百万石な文化が心ゆくまで堪能できる美術館であった。
中でも古九谷がずらーっと並んでいる展示室は圧巻で素晴らしい。
しかし一方で金沢美大を擁するお土地柄ということもあり、西洋美術系の展示品も全くの手抜きなしである。金沢美大系のものをメインに中々のクオリティでありましたぞ。

閉まっていた21世紀美術館にはしょんぼりしていた外国人観光客が沢山いたけど、ここ「石川県立美術館」に来てクオリティの高い日本の美術工芸品を堪能すれば、こんな感じになると思うよー

そんな国宝"色絵雉香炉"さんと二人きりになれる「石川県立美術館」は基本年中無休だーすばらしいー急げー
年中無休て21世紀美術館も見習えー

京都に帰ってきてその後、どうしても金沢カレーが食べたくなって、久御山のイオンに行って「チャンピオンカレー」を食べたのだが、
同じイオンの一階に「もりもり寿司」まであってズコーであった。グローバル社会のあほー!

石川県立美術館に勝るとも劣らないガラガラ具合だと予想される「鈴木大拙館」も行きたかったのだが、時間がなく断念。次は行くぞー

 

2014年9月1日

バルテュスを通してロリコンと美を考える

先日、お気に入りのテレビ番組の「日曜美術館」で「バルテュス 5つのアトリエ」なるバルテュスの特集をやっていた。
彼は古典絵画の模写によって殆ど独学で腕を磨き、シュルレアリスム全盛期に画家活動を始めたものの、特定の美術的な活動や運動の枠に入らず生涯独自のスタイルを貫いた人である。
その枠の中の1つとしてカテゴライズされないが故か日本では全然メジャーじゃない人だけど、ピカソがとても評価していたようで、生存中にルーブル美術館にその作品が展示された数少ない画家の一人として有名なんだそうだ。
なんでも「二十世紀最後の巨匠」と言われるくらいであるらしい。うん。もう二十一世紀だしね。

番組では「5つのアトリエ」というくらいで、彼がアトリエを変えるたびにどのようにテーマと作風を変えてゆくのかとういところが紹介されていた。

最初のアトリエでは色々なことを試みて結婚相手の実家に援助されるも挫折し、第2のアトリエで隣に住んでいた失業者の娘と出会うことで、「少女」を生涯のテーマにすることとなり、その少女をモデルにした「夢見るテレーズ」は、ナボコフの「ロリータ」の表紙に採用されたこともあり、彼の評価と見られ方の方向性を決定付けた作品と言うことになる。

そして第3のアトリエ、田舎にぽつんと立つフランス東部のシャシーの城館に、45歳のバルテュスは15歳の義理の姪と二人だけで暮らし、その姪をモデルに「少女」をテーマにした作品に磨きをかけ、その姪をモデルにした「白い部屋着の少女」などの作品を生み出すことになる。

結局この二人だけの暮らしは8年間で終わり、イタリアに移り住んだバルテュスは来日した際に20歳だった「出田節子」に一目ぼれして、「節子モデルだけと違う、結婚もやー」ということで生涯を共にすることになるわけであるけど、それまで8年間続いたその45歳のおっさんとその恋人である15歳の少女だけの人里離れたシャシーの城館の暮らしは今の時代から言えば色々な意味で「アウト」とされるであろう。

しかしながら見渡す限り殆ど人のいない環境の中で、城壁と自然に囲まれて愛するものと美しいものだけに囲まれて二人だけで暮らすというのはあまりにも現実離れした理想であるような気がするし、実際この時期のバルテュスはその姪と田園風景しか描かなかったのだ。

そして、テレビでは最後の5つ目のスイスのアトリエで最後の少女モデルとして隣家である主治医の娘が写されるのだが、老域に達したバルテュスのがその少女の髪の毛を直してやる仕草と目つきを見てこの人はホンマモンやと確信した。

番組ではバルテュスに対して、「彼はロリータコンプレックスではないんですよ!」とやたらと強調していたが、私は
「どう見てもロリコンです。本当にありがとうございました。」
「ロリコンでも良いじゃないか、バルテュスだもの」
「そもそもロリータコンプレックスって略さずに全部言う方が気色悪いわ!」
と突っ込みながら見ていた。

番組自体はとても面白く、ここまで見たんやから実物も見んとあかんやろ。ということで京都市美術館で開催されていた「バルテュス展」に行ってきたのであった。

そんなに有名じゃないと思ってた人だけあってそこそこ空いているだろうと思ったけど、意外に大盛況でびっくり。
人の波に並んでゆっくり見て回るのが苦痛でしょうがない私は、やっぱり自分のペースで見られる平日に行くべきだな。

バルテュスにとってシャシーの城館での8年間の暮らしというのは、彼にとって美的にも人生的にとても意味のあるものだと思うのだが、この展覧会は解説でもバルテュスのシャシー時代に殆ど触れず、しかもその時期の作品が極端に少なくちょいと残念というか拍子抜けだった。
この「バルテュス展」の最後で、バルテュスが愛用した日用品を展示している区画があり、「勝新太郎が送った羽織」やら「最後のモデルの少女を八年間取り続けたポラロイドカメラ」やら「法王のコスプレに使った銀の杖」などが展示してあったのだが、その中にこんな彼の言葉があった。
はっきりと覚えていないので、検索した限りでのうろ覚え引用であるが、

私は婦人の裸体画を描くことは決してないでしょう。婦人のそれよりも、少女の美しさに、より一層の興味や完璧さを覚えてしまったのです。少女たちは、生成や前存在を体現し、最も完成された美を象徴しています。

どう聞いても「ロリコン」の常套句です。本当にありがとうございました。
が、しかし私は純粋な意味で少女に美を見る「ロリコン」と少女を性愛の対象とする「小児性愛者」を分けて考えるべきであると思う。

小児性愛が法的にも倫理的にも許されざる行為であるとされる根拠が何であるかと言えば、大人と大人や子どもと子どもなど本来対等の立場の間で行われるはずの恋愛や性愛が大人と子どもの場合では一方的な搾取構造となりやすく、そうなると発達途中にある子どもにとっては発達の阻害や歪んだ発育のきっかけとなり、また心身ともに癒えることの非常に難しい一生の大きな傷とすらなりえるからだというところであろうか。

バルテュスの最後のモデルのアンナ・ワーリーはバルテュスの展覧会に参加したりインタビューを受けたりしているし、彼と8年をシャシーの城館で過ごしたフレデリック・ティゾンの動向を調べてみると、どうもバルテュスにその城館を譲られて現在もそこで暮らしているらしく、バルテュスとの子供(だと思われる)長男シャルルがその城館を修理しているらしい、そして第1のアトリエ時代に結婚していた妻とは生涯友人として付き合い、その彼女との息子スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ はバルテュスについての本を出版している。
こう見る限り、バルテュスのモデルになったり深く関係した少女や女性はバルテュスとの関係を肯定的に捕らえているように見える。

このあたりはフランス人らしい恋愛の仕方であるともいえるけど、少なくともバルテュスの対象となった少女たちは小児性愛によって引き起こされる悪影響は受けていないと推測できるし、バルテュスは相手が少女であっても搾取的なものではない対等な恋愛をしていたといえるのだろう。
そのあたりがバルテュスがただのロリコンではないと思わせるところであるといえるように思う。

以前ウィーンに行った時に街中にあふれるヨーロッパ系幼女の余りの可愛さに心底驚いたことがあった。
そりゃ日本でも可愛らしい子供はいくらでもいるけど、金髪で透き通るような白い肌の着飾った幼女が、カフェデメルで本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべてザッハトルテを食べている姿を見て私は本当に衝撃を受けたのだ。
こういった少女の可愛さに狂ってロリコン的ダークサイドに堕ちてしまうオッサンが相当数いるであろう事、ヨーロッパ文化が日本では考えられないほどに徹底してロリコンを敵視して排除する事の背景がなんとなくわかったような気がしたものだ。
老人となったバルテュスも最後の少女モデルの8歳のアンナ・ワーリーに始めて会った時はその美しさに怯えたくらいであったらしいけど、そういったヨーロッパ系幼女の余りにはかない奇跡の瞬間の美が、目の当たりにすれば怯えてしまうほどのヨーロッパ的美の極致のひとつであるのは間違いないだろう。

確かに、バルテュスの言うように、世のロリコンが言うように、少女が最も完成された美を象徴しているのは間違いない。
バルテュスはその美の一瞬を掴み取ろうと、それを表現しようと、その美によって受けた衝撃や高ぶりを創作活動のエネルギーとしたわけであるけど、
そんな衝撃や高ぶりがなぜかストレートに性欲に転換されてしまうと小児性愛者となってしまのかもしれない。

美的な衝撃による高ぶったエネルギーを性欲にしか向けられず、性欲によってしか表現できないと言うのは余りにも貧しい。教育の1つの敗北の結果であるといってもいいとも思う。
そう考えると、昔から有り余った中高生男子の性欲はスポーツだの芸術活動だので発散させるのだとかいうホンマか嘘かわからん話も実は先人の知恵なのではないかと言う気がしてくる。
いやしかし、何かしらのエネルギー順位の高まりを色々なエネルギーに転化させる術を成長段階で学ぶことはほんま大事だな。

しかし考えてみれば、京都市美術館の「バルテュス展」がシャシーの8年の生活に殆ど触れず、そのあたりの微妙な所をを華麗にスルーして可能な限りバルテュスのロリコン色を消そうとしていたのに引き換え、
どう考えてもロリコンであるとしか思えないという解説をしておきながら「彼はロリータコンプレックスではないんですよ!」と言い切った「日曜美術館」はめっちゃ頑張った!
どこからどう見ても「二十世紀最後の巨匠」をロリコン扱いでした。本当にありがとうございました!
これからも録画して見続けるよー!!

そんなロリコンにひるまない「日曜美術館」は日曜日朝9:00からEテレだー再放送は日曜夜8時からだー急げー

  

2014年8月28日

「海洋堂フィギュアワールド」@京都伊勢丹美術館えき/琳派的なものとしてのフィギュア

「すでに終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ」、今回はあと三日、2014年8月31日に終わってしまう京都伊勢丹美術館えきで開催されている「海洋堂50周年記念 50th KAIYODO Anniversary 海洋堂フィギュアワールド」の感想を。(リンクは会期中のみなので魚拓を)

この展覧会はフィギュアで有名な海洋堂の歴史から作品までを紹介するもので、町の模型店として出発した海洋堂が既成の模型では納得できずにガレージキットを作成し、そこから現在のフィギュアに至る歴史と代表作が展示してあった。

動植物から妖怪、戦闘機から艦船、アニメキャラから萌えキャラまでありとあらゆるジャンルのフィギュアが創業時から現在に至るまでひたすら並んでいるのは中々圧巻で、
昔私がひたすら集めていた「チョコエッグ」の「動物シリーズ」や「世界の戦闘機シリーズ」も展示してあって懐かしかった。
ガレージキットやフィギュアを作成し始めた当初は特撮物やアニメキャラと特定の層に対してピンポイントで受けるものだけだったものが、チョコエッグの動物シリーズで一気にメジャー化したようである。
確かに私が海洋堂を知ったのもそのチョコエッグの動物シリーズで、今までの「おまけ」と全く違うレベルの造形に惚れ惚れしたものだ。
この「アジリゴク」とか「ヤエヤマセマルハコガメリ」の作りなんかどうよ?

圧倒的に二次元的でかつ極限までデフォルメされた浮世絵、そして装飾性やデザイン性と緻密さを両立させた琳派が、三次元的で写実的な手法と見方に囚われていた西洋絵画にジャポニズムとして大きな影響を与えてモダニズムの発端となったように、
現在の日本のアニメ文化とフィギュア文化が日本のサブカルチャーであり続けるのではなく、世界的なメインカルチャーの一角に食い込んで新たなムーブメントを起こしつつあると言われている。

村上隆がデザインして海洋堂が製作した巨大フィギュアがサザビーズで16億円で落札されたって話があったけど、
まさにそれこそ日本ではサブカルチャーとされているアニメやフィギュア文化が海外ではメインカルチャーの一角として扱われている証拠であるような気がする。

今までのメインカルチャー系の芸術が基本的には特定のパトロンの求めに応じて作成される一点物だったのに対し、
浮世絵や琳派が支配者階級の武家や公家でなく町人文化に根ざしたものであることと、アニメやフィギュアが大量の複製を前提とした量産型であることは、「芸術の大衆化」と無関係ではないだろう。

展覧会の内容によってお客さんの層が変わるのは中々面白く、この展覧会は「海洋堂」やら「フィギュア」だけあって「大きいお友達」が多いのではないかと予想していたのだが、実際は半分以上が親子連れで「大きいお友達」はほとんど見かけなかった。

「百貨店美術館」に「大きいお友達」が押し寄せて「伊勢丹がとらのあな状態」な絵柄を楽しみにしていたのに残念であったが、それでも、親子連れが殆どと言うことで、全裸であるよりも破廉恥な格好の特定の層向けの萌え系美少女フィギュアを放心したように見つめる小学生と思しき男子、そんなフィギュアに蔑みと怒りの眼差しを向ける母、子どもを差し置いて熱心に萌えフィギュアを食い入るように見つめる父など、こういったフィギュアは色々な人の今まで抑圧されていたり秘められたりしていた 色々な感情や嗜好を覚醒させるポテンシャルをも持つエネルギーがある。

チョコエッグ系のおまけフィギュアをなんとなく机に置いている私ではあるが、絶妙なポージングで林立しているヒーローやロボットや怪物はもちろん、そんな美少女フィギュアを眺めていると、確かにこれは単体のアートとして男性や生物やロボット、そして女性の持つある種の美や醜の極限の部分を見事に表しているなぁと思うようになった。

架空の世界を描くアニメや漫画を本来は手にとって鑑賞されたアートである浮世絵的なものであるとするなら、フィギュアは手元に置いて眺められる対象であるという意味で琳派的なものだといえるかもしれない。

この大量頒布型のアートであるフィギュアはこのように美術展で見るのではなく、琳派の屏風を部屋に置いて眺めるように、手元に置いて日常に組み込んで愛でてこそ意義があるのだ。
うん。これはもう美少女フィギュアを買って飾るしかない!...と思ったけど、アカンアカンそっち行ったらアカーーン!ということで踏みとどまった。

というわけで、そんなあなたの中にある何かを目覚めさせるかもしれない「海洋堂50周年記念 50th KAIYODO Anniversary 海洋堂フィギュアワールド」は2014年8月31日まで。いそげー

といいつつも、同時開催されている入場料も何もなしのポルタやら駅ビルでやっている「海洋堂ジオラマワールド」で十分じゃないかと思ったのは内緒だぞ!
わざわざ800円払ってまで行きたくないという人はこっちの「海洋堂ジオラマワールド」にいそげー

 

2014年7月17日

「 山寺 後藤美術館コレクション展-バルビゾンへの道-」@美術館えき/ガレとドームは置いてません

「すでに終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ」、今回はまだ終わってない展覧会、2014年7月27日まで京都伊勢丹の美術館「えき」で開催されている「 山寺 後藤美術館コレクション展-バルビゾンへの道-」の感想である。

この展覧会のパンフレットとかwebの説明には

山寺 後藤美術館は、山形県出身の実業家・後藤季次郎氏が長年にわたり収集されたヨーロッパ絵画のコレクションを核として、1994年山形市山寺に創立された。 17世紀から19世紀に至るヨーロッパ絵画を中心に、ロダンの彫刻、ガレやドームなどのガラス器など幅広い領域の美術品を観ることができる。本展では、バ ロック期から19世紀後半におよぶ神話画、宗教画、肖像画、静物画、そして近代へと向かう絵画の新たな可能性を開いたバルビゾン派の風景画に至るヨーロッ パ絵画の変遷を、同館のコレクション約60点を通して辿っていく。

って書いてあった。

私は以前からガレとかドームの食器とかランプが大好きなので、
「なになに?私の大好物のガレやらドームのガラス器が展示してあるですと?それは楽しみやないですかー」
と言うことで喜び勇んで自転車に乗って繰り出したのだ。

ルネサンス期の絵画から始まった展覧会は徐々に時代を経て行き、最後から二つ目の展示区画でこの展覧会のタイトルにもなっている19世紀初めの「バルビゾン派」に辿り着く。
ガレとドームを目当てに来ていたた私は、
「おっ!最後を一つ残して19世紀に入ったって事は、次は19世紀末のアール・ヌーボーでオチやな?」と期待した。
バルビゾン派を見終わった後に「ドーム兄弟でーす!ガレでーす!アール・ヌーボ・ブラザーズ~♫」な展開を予期していたところ、籠に盛られた果物とか豪華な調度品、上品な花器に生けられた豪華な花的な従来の静物画にとどまらない「近代静物」とされるテーマが始まった。

ただ食べ物を書くのでなく、その題材に屠られた鹿や吊るされた鴨、空ろな目で横たわるお魚の絵を選んだのが「この世の無常を現している」とか言われても、
むしろ「ほへー美味しそう。今日は何食べよっかな~♫」という事しか頭に浮かんでこない。

カラマーゾフの兄弟に出てくる「紅茶とさくらんぼのジャム」、童話物語の「オムレツ」、カリオストロの城の「ナポリタンなスパゲティー」、はじめ人間ギャートルズの「マンモスの肉」、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの「キュウリとハムとチーズのサンドウィッチ」などなど、そこに登場する食べ物を思い浮かべるだけで食べたくなってくるのが、人の内的欲求すら揺り動かすほどの偉大な作品の条件の1つとだと私は常々思っているのだが、近代静物画の鹿とか鴨とかも評論家な人たちが勝手に深読みして意義をつけただけで、画家は「これはこの世の無常を表している!キリッ!」とかそんなこと全然思わずに「うへーっ!おいしそー」って描いたんじゃないかなぁという気がするな。
とか思ってるうちに唐突に展覧会は終わってしまった!

あれ?ガレは?ドームは?無い?終わり?

終わりやんかー!だましたなーっ!!

いやいやしかし、よーく読めば、どこにもガラス器が展示してあるとは書いてない!
くそーっ!勝手に積極的にだまされたー!!

とはいいつつも、解説の通り、イタリアルネサンスからバロック、ネーデルランド系絵画からフランスのバルビンゾン派と、タイトルの「バルビゾンへの道」の通り、時代で言えばバルビゾン派をさかのぼること400年くらいの絵画の変化の過程を概観することができるわけで、こう考えればスケールが大きい展覧会である。

良く見れば、さりげなくイタリアルネサンス真っ只中のやたらと濃い16世紀の宗教画の横に、当時の題材と手法を使った19世紀の絵画があったりして、厳密に時代や場所で区切るのではなく、ゆるーく系統で括るような方向性にすると「ヨーロッ パ絵画の変遷」とテーマが見えてくるような気がしますなぁ。

こういう風に「ヨーロッ パ絵画の変遷」ってなかんじで並べると、ラテンの人たちの描く絵はやたらと濃くて騒がしいし、ネーデルランドは暗くてどんよりしているし、フランスは軽薄やったりポワーンとしてたりボンジュールやったり、やっぱりお国柄とか時代の雰囲気とかが出てる。

大原美術館とかは「創始者の意図」は感じられても「創始者の趣味」ってのを余り感じないような気がするけど、この「山寺後藤美術館」の所蔵品は「実業家・後藤季次郎氏」なる人の「趣味」が最前面によーく出てたような気がするぞ。
いかにヨーロッパな西洋の油絵という感じの絵画が集結したまったりした美術展だった。

そんな「 山寺 後藤美術館コレクション展-バルビゾンへの道-」は2014年7月27日まで!でもガレとドームは置いてないぞ!だまされるなよー!!バタ臭い絵が好きな人は今すぐ急げ~!

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