すぐ馴染むオイカワ、いつまでも他人を疑うタモロコ
前日の夜につれて帰ってきたオイカワ君が、一夜開けた次の朝にはもうエサを食べた。
同じ水槽に入っているムギツクとタモロコは臆病な魚なので、今まで水面まで出てきてエサをとることがほとんど無かったのだが、表層魚であるオイカワが積極的に水面のエサを食べていると、釣られてか差し迫った危険がないと判断したせいか今までほとんど見向きもしなかった水面のエサを食べるようになった。
他人が世界を危険が無くエサも沢山ある場所だと認識して実際そう生きているのを眼前に見ると、もしかしたらそうなのかもしれない、自分もそういう風に生きることができるかもしれない、と思うのは、人間も魚も同じなんですな。
夜に夜襲をかけられて寝ているところを拉致され、次の日の朝にはもう与えられたエサを物怖じせずにバクバク食べる、イワン・デニーソヴィチかフランクルかっていうくらいの馴染みっぷりを発揮する新入りのオイカワを見て、もう何年もいるのに一番奥病で、なおかつ一番貪欲なタモロコが自分の生き方を変えて水面のエサを積極的に食べるようになった。
それでも、やっぱり臆病なタモロコ君は、ほかの魚のように水面に浮きっぱなしでパクパクするのじゃなく、ほんの一粒の水面のエサを取るのに、いつもいる物陰からエサを確認し、猛スピードで飛び出して一直線に食いつき、すぐに反転して元に戻るという、格闘戦の得意なゼロ戦が捨て身で空母を攻撃するような食べ方をするのだ。
そんな彼を見ていると、彼の人生や日常はほとんど一撃離脱の雷撃戦の繰り返しだったんだなぁと、彼の不器用で疲れる生き方になんともいえない気持ちになってくる。
「人生は一撃離脱の雷撃戦」のようなタモロコのような生き方をしている人が、急にオイカワのようにどこでも馴染む世界を信頼しきった生き方ができるわけじゃないけど、それでもタモロコタイプの人が楽に生きられるようになったり、良い事があるといいなぁと思ったのだった。