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2015年10月12日

マグリット展@京都市美術館 / 世界の綻びを押さえる

終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ、今回は今日で京都市美術館での会期が終了してしまった「マグリット展」だー

マグリット展

ルネ・マグリットは20世紀初頭に(正確には1898年やけど)ベルギーに生まれた、向精神薬の販促ポスターのような絵でお馴染みの、いわゆるシュールレアリスムに分類される画家である。

 

 
まぁこんな感じで、観ていると、何時も過ごしている日常が実は見えないところで歪んできているような、なんだか自分の日常の恒常性の土台が緩んでくるような不安が這い登ってくる気がする。
単に常識と知覚の裏をかくような騙し絵的な面白さだけでなく、そこに張り詰めたような不安と脆さと不安定さが同居するところがジワジワ来るわけですな。

こんな絵を描くマグリットであるけど、当然最初からこういう絵を描いていたわけではなく、当初はグラフィックデザイナーやポスターといったイラストレータ的な仕事をしていた。
彼がシュールレアリスムに転じたのは、キリコの「愛の歌」を見て衝撃を受け「キリコはどのようにして描くかではなく、なにを描くかについて理解している画家だ」とか言ったのがきっかけであるらしい。
極端に一般化して言うと、それまでの絵画、つまり、まず聖であったり美であったり恐怖であったり醜であるといったようなテーマとしてすでに決定されている何らかの対象を「どのように描くか」で勝負する描き方から、マグリットは「なにを描くか」ということそのものをテーマとする方向に転換したともいえるわけである。

で、そういうマグリットは一体なにを描いていたのか?
かなりうろ覚えやけどこの展覧会の解説で、マグリットの言葉として、私にとって絵とは常に世界から問われ続けている問題に対するひとつの回答の提示である。たとえばリンゴ、椅子、空、などが常にその存在の意味を強く私に問いかけてくるのだ。というような意味のことが書いてあった。
普段我々は日常的に暮らしている世界で、マグリットのようにリンゴやら椅子やら空に意味を捜したりすることなんかほとんど無いし、ましてやそれらからその存在の意味を問われたりすることなど無いだろう。
自分に関わるあらゆることに意味を求めだすという状態は、どちらかというと統合失調症的な状態、たとえば目の前を横切る車のナンバープレートの数字に、テレビのニュースに、今日の天気に、何か大きなものから自分に対するメッセージや意図やほのめかしを見出そうとするような状況に近いように思う。
実際に「目に映るすべてのものはメッセージ」という状況を想像してみるとメッセージを受け取るだけで精一杯で、世界に安らぎなんか無いような気がしてきますな。

これはマグリットがどういう風に世界を捉えていたのか、そして何を描こうとしていたのかという一端をとても表しているように思える。
マグリットにとって世界は常に自分にその存在の意味を問いかける場であり、彼は絵を描くことでその問いに答え続けてきた。とも言えるわけで、
彼は生涯を一銀行員として、幼馴染の妻と添い遂げて過ごし、待ち合わせの時間には遅れずに現われ、夜10時には就寝し、絵の創作についてもアトリエを持たず食堂で行い、決して服を汚したり床に絵具をこぼしたりすることはなく、「芸術家」でイメージされるのと正反対の可能な限りの几帳面さを維持しつつ慎ましく生活していたわけだけど、一方で彼は13歳の時に母を入水自殺で失うという経験もしている。
端的に言って、彼が可能な限りの秩序と幸せを維持して生きていた世界は、一方で母が突然自殺してしまうような世界でもあるわけである。

彼が、美しく平穏に秩序だって見える世界が実は裏を返せば混沌と不条理に満ちており、ちょっと油断すればそんなものが世界の裂け目から噴出してくるのではないかといったような印象を持っても当然であるように思えるし、彼が秩序と理解の彼方を行く世界を描きつつ、実際の彼は完全なる秩序を保った暮らしをしていたという事実は、彼は彼なりに世界の秩序を維持しようと努力していたような印象すら受ける。

言うまでもなく、いくら世界が美しく秩序だって平穏に見えたとしても、その背後に醜くて混沌とした不条理の世界が表裏の関係のように隠れているのだろう。
そんな世界の中でマグリットが彼なりの戦いを繰り広げていた事が分かるような気がするし、彼は世界という見えない敵と戦いながら、その謎を暴露しつつ、そしてその綻びを必死に押さえていたのかもしれない。

この展覧会には彼の描いた実にさまざまなシュールレアリスム的な絵が沢山あったけど、私はこの「出現」という絵が一番グッと来た。
彼が良く描く「青空」の世界を表、あるいは日常の側だとしたら、このカラフルな鎖が浮かぶ暗雲立ち込める世界は一体どこなのだろう?そして何が「出現」しているのだろう?

見ているとなんかこう胸を締め付けられるような感じがしますな。

  

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向精神薬の販促ポスターのような絵、という表現があんまりにも的確でツボにはまり、行かなかったことを後悔してます。マグリット展。
せっかく京都に来ていたのに!

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