ダ・ヴィンチは誰に微笑む/現代アートの訳の分からなさがよく分かる
ずっと見た映画はブログに書かずにfilmarksのページ(https://filmarks.com/users/dogufs)に書いているけど、なんとなくここに書いておきたかったので書いておく。
映画としてはそれほど面白くないけど、「アート」について考えさせられた映画、厳密に言えば「現代アートの訳の分からなさがよく分かる」映画について書いておく。
2021年に制作されたフランス映画「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」について。私の感想ページそのままやけど。
職場の友人にやたらと勧められて観た。
オークションで史上最高額で落札された、現在まで見つかっていなかったダヴィンチ作とされる「サルバトール・ムンディ」の真偽とそれにかかわる人々に関するドキュメンタリーだった。
アートを娯楽や趣味として鑑賞する勢ではなく、アートをビジネスや資産として売買し保有する勢のアートに対する見方や扱いがよくわかるような映画だった。
この「サルバドール・ムンディ」の真偽と評価は「ルネサンス時代の絵画がロンドンのオールドマスターズで古典絵画として競売にかけられるのではなく、ニューヨークのクリスティーズの現代アートセクションでオークションにかけられた」という事実が実に的確に物語っていると思う。
この絵は学術的だったり歴史的だったりする古典的な絵画の文脈ではなく、ストーリやナラティブやパッションやインテレクションなどから評価される現代アートの文脈で扱われているのだ。
つまり、この絵は学術的な歴史的文脈ではルーブルが認定したように「レオナルド工房が関わった」に過ぎないけど、現代アートの文脈では史上最高額で落札されたレオナルド(工房)の手による未発見の作品ということになるわけである。
学術的な歴史的文脈で真偽をはっきり確定させないのはそれがアート界のメインストリームである現代アート界だけでなく、国家間をも巻き込んだ思惑がそれを封じている上にこれが贋作となったところで誰も得をしないということなのであろう。
古典絵画の市場では贋作として見向きもされなかったこの絵が、現代アート市場では真偽がさほど重視されずに高値で取引されるというこの事実は、結局は現代アートそのものの訳の分からなさとよく似ている。
現代アートの分からなさというのは、バスキアやセシリー・ブラウンの作品のような作品そのものの訳のわからなだけでなく、例えば奈良美智の「Knife Behind Back」が普通のイラストレーションにしか見えず、村上隆の「My Lonesome CowBoy」が質の悪いフィギュアにしか見えないのになぜこれほど高値で取引されるのかがわからないといった類のものだろう。
現代アートで価値があるとされて高値で取引される作品は株や通貨の世界と同じ「美人投票」とされるような、大勢の人が良いと言うであろう作品が価値のある作品ということになる。
アートを鑑賞して体験することそのものは完全な個人的な主観の世界であるにもかかわらず、そこに市場主義原理と資本主義経済が関わってくることで、自身がアートに感じる価値と世間で言われる金銭的価値の間に揺らぎや剥離や隔たりを感じるのが一般的に人が現代アートを目にした時の戸惑いだろう。
そもそもレオナルド・ダヴィンチの絵画が名作とされるのは、現代から見てもオーパーツとして見えるような、その当時からすれば圧倒的に卓越した技法と絵画理論によるもので、いわば主観的なものというよりは歴史的な意味合いが多く、草間彌生やジェームズ・タレルの作品のような理屈も何もない圧倒的な何物かを感じさせるタイプのものではない。
しかしこの「サルバトール・ムンディ」がオークションのマーケティング戦略としてオークションにかけられる前の公開でこの絵を前に涙を流した観客の映像を公開したのは、この絵は絵画史的な価値はともかく一般大衆のパッションに訴える名画であると言おうとしているのであり、徹頭徹尾現代アートとしての文脈でしか捉えていないことのの裏付けでもある。
結局本来なら古典絵画であるはずのこの「サルバトール・ムンディ」は「長年見向きもされなかったけど発見されて過去最高額で取引された多くの大衆が涙して観たレオナルド・ダヴィンチの作品で、それは題材としてキリストを描いている」というナラティブを込めて現代アート的に評価されていることになる。
人がアートを体験する時、ただ作品そのものだけではなく、作品のバックグラウンドにあるそういったナラティブとパッションをも体験するのだ。
近年のアート界はロシアとアラブと中国のマネーが入ってからバブルのように価格が急騰しているというが、この映画でもまさにその通りのことが起こっているわけで、このロシアのオリガルヒが出品した「サルバトール・ムンディ」はオークションでアラブと(おそらく)中国が競り合い史上最高価格で落札されたわけだ。
結局、当初は負けたかと思われたオリガルヒが一番儲けて、アラブが勝負には勝ったけど損をし、(おそらく)中国は勝負に負けたけど損をせず、これに関わった英、仏、米はほとんどリスクを取らずにそこそこ儲けた。という事になるだろう。
なんとも今のアート界をよく表してますな。
映画としてはアート界に対する悪意をちょっと感じたけどまぁ普通かな。
と、アート好きなのでついつい長くなった。