2013年9月12日

チェルノブイリ ルポルタージュ/日本は成功した社会主義国

先日読んだ『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』に関連して、チェルノブイリ原発事故後すぐに現地で写真集として出版されたものを三年後に翻訳して日本で出版された、『チェルノブイリ ルポルタージュ』を読んだ。

この本はアマゾンではなぜか18禁のアダルト商品として扱われているがw、実際はチェルノブイリ原発の事故や町の様子、避難する人や作業員の様子などを現場の人々の手記と共にまとめてあるものである。

読んでまず、これほどの政府にとって都合が悪い情報を当時のソ連が公開していることに驚いたけど、それ以上に初期の状況が拡大しないように人海戦術で応急処置して施設そのものを石棺で覆ってしまったのが思ったより早いスピードで行われていたことにびっくりした。

読んでいると、作業を強引に推し進めるために現場で作業にあたっていた軍人や作業員や職員はかなり無茶をして、結果としてかなりの数が被曝してバタバタと死んだということが書いてある。

しかし彼らの死はチェルノブイリと自分の家族だけでなく世界の全てのために犠牲になった英雄的行為としてソ連全ての人に記憶され、そんなリスクの中で働く作業員もまたそれに連なる英雄として扱われており、福島第一原発の事故の収束に当たっている現場の作業員の社会的立場と社会的評価とかなり違っている。

チェルノブイリ原発事故の詳細の情報がこのような本だけでなく世界中のあらゆるメディアに対して公開されたのは、皮肉にもちょうど当時のゴルバチョフによって行われたグラスノスチのおかげであるという。

この情報公開によって、この原発事故の対処が事故に対して国民一丸となった金銭的であったり人的な援助だけでなく、海外からの医療や技術の専門家によってもなされていたことを初めて知った。

もし、ペレストロイカが無くグラスノスチも行われていなければ、当時のソ連はチェルノブイリ原発事故そのものを隠蔽して無かった事にしようとしてより被害は拡大し、自国民や海外からの助けを得ることが出来ないまま、結果として取り返しのつかないことになっていただろうと書いてあるのが印象的だった。

共産主義国であったソ連は官僚主義で事なかれ主義で隠蔽体質といった共産主義的な弊害によって原発事故を起こした。しかし、その事故を最小限の被害で留めたのはいうなればペレストロイカなる民主化のおかげでもある。

そのゴルバチョフ本人が日本を「成功した社会主義国」といっているけど、福島第一原発事故関係の話題を見るにつけ、ほんまに悪い意味でもそうかもしれんなぁ。と思うのであった。

  

 

2013年9月11日

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド/事実よりも感情

全く最近まで知らなかったのだが、欧米では戦争跡地や虐殺や災害現場を訪れる観光が「ダークツーリズム」と呼ばれてひとつのジャンルとなっているらしい。

日本では「観光」なる単語がレジャーや楽しみの方向に直結しており、そういった場所を観光として訪れるのはあまりに軽薄で不謹慎であるといった違和感があるが、「ダークツーリズム」なる単語は我々が想像する「観光」よりも「社会見学」に近い言葉なのだろう。

最近読んだ『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』はかの原発事故を起こしたチェルノブイリをそんな「ダークツーリズム」のスポットの1つとして紹介しているのだが、そもそもチェルノブイリが観光地となっていることに驚いた。

多くの人は現在のチェルノブイリは荒野と廃墟だけが並ぶうち捨てられた、人っ子一人いない無人の土地だというイメージをもっているのではないだろうか?

しかし現在、事故を起こしたチェルノブイリの発電所は今も送電施設として現役で稼動し、原発施設や周辺にも毎日多くの観光客が訪れて多くの人々が暮らしていており、なんとなく想像していた死んだ町のイメージと正反対の印象を持った。

現在のチェルノブイリが観光や生活や電力の町としてウクライナの生きた一都市であることがよく分かる。

この本はそんな観光地としてのチェルノブイリのレポートと、チェルノブイリに関係ある、政府の人やガイドや博物館の館長などのインタビューを紹介することで、福島第一原発近辺を将来的に「ダークツーリズム」のスポットの1つとする可能性を模索するためのシリーズ本の第一巻となるようだ。

そのインタビューの中でチェルノブイリ原発事故の記念館の館長が、多くの記念館は事実を客観的に淡々と伝えるための展示が多いが、ここでは原発事故で起こった事実よりもその事故で渦中の人が何を感じ何を思ったのか「感情」を伝えることの方が大事だ。ということを言っていたのが印象に残っている。

確かに、我々が人に何かを強く訴えかけて伝えたいと願う時、その伝えたいことの本質は事実じゃなくてそこから引き起こされた自分の感情だ。

はっきり言って震災も原発事故も被害の解消へ向かって着実に前に進んでいると言う印象を全く受けないのにも拘らず、震災や原発事故に関して、外にいる人間が「どう考えるか」とか「どうすべきか」という言説で述べる言葉が余りにも多くて、震災や原発事故の渦中にある人たちが「どう感じたか」や「どう思ったか」がかき消されているような気がする。

この本のインタビューの中で殆ど全ての人がチェルノブイリが忘れ去られることを恐れており、物見遊山や興味本位の人々が訪れるのに傷つきつつも、忘れ去られるくらいならも来てもらえるほうがよっぽど嬉しい。という意味の事をいっていた。

そう考えれば、外にいる我々のような人間は、客観的に真実を見ようとしてどうすべきかを考え、そしてそうする事の障害になるものに憤るよりも、むしろ過去に渦中あった人、そして現在も渦中にある人の感情の言葉を聴くことの方がよっぽど大事なのだと思った。

人間は感情を全ての原動力にしつつも、感情を一番後回しにするところがある。もっと自分と目の前にいる人の感情を大事にせんとあきませんな。

  

2012年12月6日

『魂にふれる―大震災と、生きている死者』若松英輔

ひとつ前のブログに感想を書いた『津波からの生還 東日本大震災・石巻地方100人の証言』は図書館の新着図書の棚で見つけて興味を持って直ぐに読んだわけではなく、しばらくしてからちゃんとした書架に配架されてされてから読んだのが、タイトルがうろ覚えで探すのに結構苦労した。

それらしい「震災 生」とか「津波 助かった」などといったうろおぼえキーワード検索で探していたのだが、その途中で見つけて読もうと思ったのが、この若松英輔『魂にふれる―大震災と、生きている死者』である。

この本の目次を見て、私の敬愛する神谷美恵子について言及してあり読もうと決めたのだ。

この本を一言で言ってしまえば、池田晶子、鈴木大拙、西田幾多郎、田辺元、柳田国男、小林秀雄、神谷美恵子などの著者が好きな思想家や哲学者の言葉を彼ら自身の個人的な体験と結びついたものとして検討し、若松氏の経験と確信と信念を元に「死者論」として再構築する試み。という事になるだろうと思う。

その「死者論」の骨子は死者は目に見えなくなっただけで依然存在し、死者自身も生長を続けながら生者である我々と共にありながら様々なやり方で働きかけている。

植物であれ、文学、哲学、科学を通じであれ、人間がなし得るのは、創造ではなく発見ではないだろうか。さらにいえば、人間に委託されているのは、いつも何かを見出し、想い出すことではないだろうか。言葉においても、誰が発したかは、第一義の問題ではない。

と著者が言うように、文中に出てくる哲学者や思想家はそういった死者と対話し死者に使われることで何かしらを語り、何かしらを創造するのではなく再発見している。と。

死者は菩薩道とか菩薩行的に自分のいる世界から生者を助けるし、生者は死者に助けられつつ死者を通して神の世界だとかイデア界だとかに通じ真理を再発見するのダァーーッ!ってな具合だろうか。

と、こう書いてしまうと少し神秘主義的トンデモ系のように聞こえる。しかし著者自身もそのことをわかった上で、震災後に生き残った人や未来について語る言葉は多くても、死者について語る言葉が殆ど無い。ということで雑誌に掲載された複数の連載をまとめて一つの「死者論」として世に放った。

2012年12月5日

津波からの生還 東日本大震災・石巻地方100人の証言/星が綺麗

三陸河北新報社「石巻かほく」編集局による『津波からの生還 東日本大震災・石巻地方100人の証言』を一気読みした。

この本は石巻地方で津波に襲われながらも何とか生き残った人々に震災直後の様子を語ってもらったテキストが100人分収めてある。

震災によって本社ビルが被災した三陸河北新報社による日刊の地域紙「石巻かほく」が震災の3ヵ月後から約9ヵ月にわたって100回連載した「私の3・11」がほぼそのまま掲載されているものであるらしい。

震災後に震災関連本として出版された本は、何かしらの結論や教訓や責任の所在を急いで問い詰めようという姿勢の本ばかりだったような気がしていまいち読む気がしなかったのだが、「震災関連書籍バブル」も落ち着いてきた今年の7月終わりに出たばかりのこの本は、現場の生の声だけをひたすら集めてあるというところに興味を引かれた。

以前から、震災直後から生き残った人のインタビューで「なぜ助かったのか?」的な問に対して「たまたま」「運が良かった」というひたすら謙虚な答えばかりだったのがずっと印象に残っていたのだが、この本を読んでも生き残った人の殆どは、たまたま目の前に流木やら家が流れてきたとか、たまたま何かの影に流されて難を逃れたとか、たまたま助けてもらったとかそういった偶然によって生き延びたような印象を持っているようだった。

そして意外だったのは「絶対生き延びる」と思っていた人だけでなく、何度も「もうダメだ」とか「こうやって死ぬのか」などと諦めてしまった人も多く生き残っている場合が多いということだった。

この本を読む前は生き残った人には生き残る事になる共通するなにかしらの属性があるに違いないと思っていたけど、結局そんなものは全く無いんやなと思うようになった。むしろ、生き残ったのは「たまたま」「偶然」と思える人だからこそ生き残ったとも言えるかも知れない。

しかしそれでも、津波に縁の無い地域に住んでいる私からすれば、殆ど全員が、津波が来る前には川が引くとか二回目がヤバいとか、高台に逃げるとか、避難はてんでんことか、蓄積され継承された津波についてのそれなりの知識とそれなりの対処法をあらかじめ知っていたのにはちょっとびっくりした。結局、何かしらの脅威に対しては、それに関する一般的な知恵があった上で「たまたま」とか「運が良かった」と言えるような気もする。

そして、この本を読むまで全く想像しなかった事でとても印象に残っているのは「震災の日の夜は星が綺麗だった」と言っている人が何人かいたことだった。

確かに地域一帯が津波に襲われて崩壊して全くの暗闇になってしまえば星はいつもより綺麗に見えるに違いない。

フランクルの『夜と霧』で強制労働での行進中に美しい朝焼けを見て、その美しさに感動するって話を読んでそんなもんかなーと思っていたけど、なるほど水浸しの体で沖に流されてゆく屋根の上で仰向けになって寒さで動けない状況で徐々に薄れてゆく意識の中で星が綺麗だと思える状況はなんとなく想像出来るような気もする。

地震と津波によってあたり一帯が徹底的な破滅に見舞われ、自分や愛する人がリアルに死の瀬戸際にある状況で「星が綺麗」と思える精神性を持つ事の出来る人間なる生き物は、やっぱり万物の霊長だぜーと思ったのだった。

 

この本は震災を「生者」が語った本であるけど、この他に震災での「遺体」をめぐる人々の話、そして震災後「死」でなく「死者」こそが語られるべきだとうい本を読んだ。また追々感想を書いてゆく予定。

 

2012年6月19日

永幡嘉之『巨大津波は生態系をどう変えたか 生きものたちの東日本大震災』

ツイッターとブログでつながりのある、けい。さんがブログで紹介されているのを見て、永幡嘉之『巨大津波は生態系をどう変えたか 生きものたちの東日本大震災』ブルーバックスを読んだ。
この本の著者はもともと自然の豊かさに惚れ込んで東北に移り住んだ、昆虫や植物の図鑑などの写真を撮るカメラマンであり、この本はその彼が愛したその豊かな自然が今回の震災によってどのような影響を受けたのか。というあたりが主題である。
この本の作者の専門は昆虫、中でもトンボ類と植物であるらしく、主に昆虫や植物とその生息域が震災直後から一年過ぎたあたりまでどういった影響をを受けてきたのかについての細かく丁寧で徹底的な調査が行われた結果がレポートしてある。
このあたりは虫好きや生き物好きにとって純粋に面白く楽しい話として読めるだろう。ハマベゾウムシなるゾウムシが可愛過ぎる。これは虫嫌いにとっては逆効果になるやろうけど掲載されている写真もとても良い感じだ。
結果から言うと海岸線が変わり、ありとあらゆるものを破壊しつつ津波が押し寄せて引いて行ったにもかかわらず、生き物たちは人間の想像する以上にタフに健気に生き残っていた。
私は大の淡水魚好きであり、この震災で福島県や宮城県のシナイモツゴやゼニタナゴなどの沿岸部の生息地が津波に押し流されて壊滅したという話を小耳に挟んで、実際のところどうなっているのかずっと気になっていた。
この本には淡水魚に関する調査は殆ど乗っていなかったけど、それでも、押し流された魚たちはきっとどこかで生き残っているに違いない。むしろ生息域を広げたかもしれない。と希望が持てるようになった。

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2011年8月25日

海三日目/この先生きのこるプロメテウスのロマンと悲哀/古くて変わらない魚料理

海三日目は泳がずに車でブラブラ、海の近くにある関西電力PR館に立ち寄ってみた。
現在のふくいちちゃんがチェルノブ先輩に張り合うかのようにあんなことになっている状況なので、関電PR施設の原発関連の展示が少しでも原発事故やリスク対策的な現状に即したものになっているかと思ってちょっと期待していたのだが、
展示は事故前と全く変わっていないと推測される「原発は絶対安全アピール」のみであった。
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現実がそれを全否定している状況で、そんな「絶対安全アピール」はとても空しい。
こういった模型やパネルで安全性を強調されればされるほど、事故が絶対起こらないことを強調されればされるほど、この何重もの壁を突破し、最後には1メートルのコンクリートの壁をも突き破って、放射性物質が外に撒き散らされる事故が起きたという事実が、どれだけ恐ろしいことを意味するかを、逆に説明してしまっているように感じられる。
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原子炉とその施設の模型を見ても、ほうほう、ふくいちちゃんの場合はここが融けてここが割れてここが吹っ飛んだわけですな。という見方をついついしてしまう。

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2011年6月13日

洗濯しても縮まない線量計/洗濯リスクと被曝リスク

先日、類型の放射線量を測定する「蛍光ガラス線量計」なるものの存在を知り、なんか無駄に無闇に欲しくなったと言うことを書いた。
その後、いろいろネットで調べているうちに、同様のカード型やったり小型のシール形やったりする線量計が出回っていることを知った。

ガラス線量計や、ガイガーミュラー計測管のようにきっちりした値を計るのではなく、
放射線を受ける度にこの線量計のセンサー部分の濃度がどんどん濃くなってくるので、サンプルと見比べて現在の類型被曝量の目安にするタイプの計測器である。
この「XTSafety」って会社の「RADTriage」と「RAD Sticker」って製品で、アマゾンやら楽天やらYAHOOのどこでも買える。
ガラス線量計が一年で2~4万円であるのに引き換え、このカードやシール方のものは500円程度から4000円程度までと非常にリーズナブルである。大体3年くらい使えるらしい。
製品のPDFの説明書よく読むと、計測できるのがガンマ線と30KeV以上のX線、そして100KeV以上のベータ線ということで、中性子線は計測できないもののなかなかに良さげな感じ。

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2011年6月10日

『人は放射線になぜ弱いか 第三版 -少しの放射線は心配無用-』近藤宗平

 この時期にとってもタイムリーな本、近藤宗平の『人は放射線になぜ弱いか 第三版 -少しの放射線は心配無用- 』 を読んだ。
内容は、放射線はごく少量から量に比例して人体の影響があるとするような「放射線はどれだけ少なくても毒である」とするICRPの「直線しきい値なし仮説」は無根拠であるばかりかデマを広げた害悪であり、
ある一定量までは人体の浄化作用と防衛機能により放射線による影響は無力化されるような放射線量の「しきい値」があるとする「しきい値仮説」が正しい。
というところを具体的なデータを紹介しながら説明しているのというものである。
この本の中で展開されている説は、現在の「一般人は年20ミリシーベルトまでは安全」とする政府の決定の大本の根拠と理論であり、この本の著者の近藤宗平は今の原子力政策の理論的背景を支える人であるようだ。
ネット上ではこの人を「御用学者の大ボス」と断じて聞くに値しない。とみなす人もいた。
しかし、この本のサブタイトル「-少しの放射線は心配無用-」の「しきい値仮説」は現在は一般的に間違いない既成事実として扱われており、
「しきい値」の存在そのものは事実とした上で「しきい値」の値が議論の対象になっているように思える。
今はその「しきい値」がどれだけかを明確に示すことが誰にも出来ないので、政府のいう20ミリシーベルトはヤバいとか、1ミリシーベルトに戻すべきとかいう話が、科学や医学の話なんかではなく、どちらかというとイデオロギー論争みたいになってきた。というところであろうか。
本来「原子力に対する有効性やリスクを含めた科学的な知識」と「原子力をどのような目的でどう扱うべきか」はまったく別の次元の話題であるような気がする。
前者は純粋な科学的な事実で、後者は色々な利便や利害を加味した上での立場の言うなればイデオロギー的なものでもある。
しかし、現在、放射能に関する知識を持ったり得ようとする人はすべては、後者の中の特定のイデオロギーの選択を迫られるような状況にあるように感じる。
具体的に言うと、今原子力や放射線について語ったり考えたりするには、前提として反原発か原発推進かのどちらかの立場の表明や選択を迫られるような気がする。
どちらの立場を取るかによって、その話や考え方が聞くに値するか考えるに値するかが判断される状態であるのだ。

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2011年6月9日

被爆量は可視化できるか?/絶対領域放射線チラリズム

先日、近藤宗平の『人は放射線になぜ弱いか -少しの放射線は心配無用- 第三版 』を読んでいて、放射線を測定するのに一般的に使われるガイガーカウンター以外に「蛍光ガラス線量計(リン酸ガラス線量計)」なるものがあるのを知った。(本の感想についてはまた明日にでも。)
その蛍光ガラス線量計というのはある種の特殊なガラスが入ったごく小さいケースで、それを携帯したりどこかに置いておき、その測定器のガラスに特定の波長の光を当てることで、そのガラスの放射線が衝突した部分が発光し、その測定器が受けたトータルの放射線量が算出できるというものであるらしい。
動力もなにもいらず、小さい線量計一つである時点からの累計被曝量を知ることが出来るのは大変お手軽である。
しかも一年に1%未満の情報損失しかない精度の高い測定が出来るらしい。
これは一般的には放射線技術者や環境測定のためのものであるが、
もし個人でもこういった線量計をずっと肌身離さず間持っていれば、その間に受けた放射線量の総量を知ることが出来るということになる。
放射線は見えないから怖いという部分がとても多いけど、このガラス線量計を身につけたり、いつもいる場所に置いておけば、自分の被曝量を可視化しることができるし、
自分が浴びた放射線の総量を明確に把握して管理できるというわけですな。

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2011年6月1日

宮台真司『終わりなき日常を生きろ』/終わりなき非日常を生きる世界で/超人としょこたん

宮台真司の『終わりなき日常を生きろ 』を読んだ。
この東日本大震災で「終わりなき日常」が根本から覆されたと言わざるを得ない、むしろ「終わりなき非日常」が始まったともいえる今、なぜかこの本が読みたくなったのだ。
この本はサブタイトルに「オウム完全克服マニュアル」とあるように、まだオウムが一番の社会不安と一番の話題であった時代、今から十五年ほど前の1995年に出版された本である。
「朝まで生テレビ」で「ブルセラ社会学者」として一躍有名になった当時の彼は、気鋭の社会学者として売り出す一環として、結構慌ててこの本を出版したらしい。
あまり推敲や編集に手をかけていない割りに、宮台真司といえば『終わりなき日常を生きろ』と言えるほど、この本は彼の一番の主著といえるだろう。
阪神大震災、地下鉄サリン事件と日本の日常と安全保障を根本から揺さぶった二つの出来事が起こってしまった後でも、それらの事件の前と同じように生ぬるく続く日常はまったく変わらなかった。
世界はそんな「終わりなき日常」が死ぬまで延々と続く地獄であるという世界観を前提にしたうえで、
「素晴らしい未来」などというものが幻想でしかないことの確信を抱きながら、「いきがい」や「生きる意味」を持たずにただ日々を生きることに耐えられず、「救い」と「意味」を求めてオウムのようなカルトに吸収された層とはまったく対照的に、
意味も救いも将来も望まず、従来のモラルも踏み越えて、ただ友人たちとコミュニケーションしながら、「ゆるく」日常を面白おかしく生きて行く、当時の高校生あたりの若い世代の、いわゆる「コギャル」などと呼ばれた層を、そんな「当時の現代」に最も上手くポジティブに適応した形だとして、彼女たちのように「終わりなき日常を生き抜く」技術なり方法がこれからの現代に必須になる。
というところがこの本の骨子であろうか。

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