わたせせいぞうの世界展@美術館「えき」@伊勢丹京都/アンチ教養漫画

「すでに終わった展覧会の感想を書くシリーズ」今回も美術館「えき」@伊勢丹京都でやっていた展覧会、「わたせせいぞうの世界展」に行ってきた。

わたせせいぞう

「わたせせいぞう」といえば、バブル期に『ハートカクテル』的なトレンディ漫画の類を書いていた人ということを知っているくらいで、今まで読んだ事も無いし読もうと思ったこともなかった。

昔から私は流行り物に飛びつくタイプではないけど、かといって流行っているものをとにかく何でもかんでも否定して「とりあえず人と違っている私カコイイ!」を演出できているかと言えば微妙で、何故か「流行ってる!」とか「トレンディ!」とか「ナウい!」とか言われるものの中のある種のものは、目や耳から入った情報が脳にたどり着く前に反射的に脊髄で折り返して受け付けないような捻くれた体の作りになっているのだ。

ということで、当時は全く受け付けず脊髄反射で拒否していた「ハートカクテル」なる存在も、今となればそれが現代にも生き残ってることにむしろ興味を覚える。
バブル時代のドラマやら雑誌やらを見ていると、その中の人物の当時最先端であったであろう服装や化粧が余りにもダサかったり醜く見えたりするものだが、
氏の描くイラストの女性の顔はシンプルな線画であり、服装は当時の服装でありながらも、全体として全くダサくは見えないどころか、
当時の流行と美意識を想起させつつも何時の時代に見てもポップに写る「普遍的ポップ」とでも言えるようなものである事に大いに感心した。
このあたりに多くの流行の中から普遍の一本の線を見抜く、時代をサバイバルしてきた氏の眼力が垣間見えたように感じた。

この展覧会では、氏のイラストや漫画などがデビュー当時から現在に至るまで中々のボリュームで展示してあり、私は今回初めて氏の漫画を読んだ。

最初の方の「ナンセンス漫画」に分類されるデビュー作近辺の作品からガラッと作風と絵柄を変えて、氏を代表する『ハートカクテル』的な作風が確立されたわけだが、感想としては
「読んでいるだけで恥ずかしい」
としか言いようがない。

バブル真っ盛りのあらゆるものに満ち溢れたトレンディな場所でトレンディな人がトレンディな小道具に囲まれてトレンディな恋愛を行うわけで真顔で発せられる「君の瞳に乾杯!」的な台詞回しとシチュエーションの漫画が延々続きクラクラする。

しかし、よく考えれば、社会的にも経済的にもトップに立ち、これからもずっと生長し続けるであろうと確信されていた日本の中で、あらゆる生活苦と細々した日常的な心配事から開放された若い男女が、ひたすら恋と愛と恋愛についてのみ悩み続けるという状況は、人間の望みうる幸福と高尚の頂点のひとつの形であるとも言える。

そう、バブル期の恋愛にのみうつつをぬかして暮らしていた男女は、ロシア帝政時代時代に恋の鞘当で命をかけて決闘する大量の農奴と領地によって支えられた何とか伯爵や、奴隷制度によって労働から解放された古代ギリシャの都市国家で酒のつまみに愛の神エロースを讃える演説大会を行う市民とその根本のところで同じ、高尚であることを極め尽くそうとする貴族的特権階級である。
つまり、言い換えれば彼らは、黄金期ロシア文学、ソクラテス時代のギリシャ文学と同じ文学的存在としての1つの頂点であるといっていいだろう。

流行りものの殆どが、ただ消費されるだけの割とどうでも良いものでしかないのが真実だとしても、その中から真に偉大なものが生まれてくることもまた事実である。
ベートヴェンやモーツァルト、ゲーテやドストエフスキーは当時大流行したポップミュージックやライトノベルだったし、草間彌生やマイルス・デイヴィスなどは人生のあらゆる時点で前衛であり続けながら流行の方向を決定づける存在でもあり続けた。
次々と生み出される流行ものから本物をさがすのと、長い歴史の中で生き残ってきた古典の中から本物を探すのは、単純に効率の問題であるともいえるだろう。

そういう意味で、バブル期に大流行しつつそのまま流行の藻屑となって消えずに歴史を生き抜いて現在に存続する氏の作品も、確固とした1つの信念と1つの価値に貫かれているのが良くわかる。

人は生きていれば望む望まざるに関わらず変わってゆくものである。
「教養小説」と呼ばれる文学的ジャンルはそんな主人公や登場人物の変容を、彼らが物語の中で成長して変わってゆくところを描くのがポイントである。
人生には「3つの坂」やら「3つのまさか」があると言われるように、多くの文学で人は「上り坂」を登るように成長し、「まさか」で大きくゆさぶられ、またある時には「下り坂」を転げ落ちるように没落する。

しかし、この氏の作品に登場する人物は状況、人格共に最初から頂点にいて完成されている。
逆に言えば、三つの坂を拒否して「永遠の黄昏」「永遠の頂点」を生き続ける様はいわば「アンチ教養漫画」ということになる。
「アンチ教養漫画」でありながらも文学的存在の頂点の1つにあり続ける氏の作品はまさに「ハートカクテルのイデア界」を描くものだといってもいいだろう。

そんな「ハートカクテルのイデア」に満ち満ちている「わたせせいぞうの世界展」は6月22日(日)までだー!?あー終わってるー!ズコー

うん「すでに終わった展覧会の感想を書くシリーズ」やった!

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