2018年3月5日

ヒトが求めるもの グイン・サーガと物語と利己的な遺伝子

ここ2年くらい前から新刊が出ているのにあまり読む気にならずスルーしていた『グイン・サーガ』なる小説を先日再び読み始めた。

この『グイン・サーガ』なる小説は当時はそんな区分もなかったけど、今で言えばヒロイック・ファンタジーとライトノベルをあわせたようなジャンルになるであろう、1979年に第一巻が出版されてから現在に至るまで142+26巻以上からなる世界でも類を見ない長大なシリーズとして続いている。

私がこの『グイン・サーガ』なる物語を読み始めたのはちょうど30年位前の中学から高校の間くらいで、年をとるにつれて読む本の傾向が全く変わってしまってもこの『グイン・サーガ』だけはなぜかずっと読み続けてきた。
私が思春期の頃からオッサンになるまでこの『グイン・サーガ』の世界は私が実際に所属する現実世界とはまた別に存在する平行世界であり、その平行世界の国々の歴史は私の現実世界の歴史と密接にリンクし、その世界に住まう人々に対してある意味で現実世界の人々以上の親近感を抱いていたのだ。
私がこのシリーズを読み始めた高校に入ろうとする頃、グインは自らの信ずる正義のために命令を無視してケイロニアの軍籍を抜け単独でユラニアに進撃し、私が大学生として遊びまくっていた頃、モンゴール救国の英雄として将軍となったイシュトヴァーンはそのユラニアを含むゴーラ3国を統合しようと暴走を始め、私が働き始めた頃には、パロ王レムスとクリスタル公アルド・ナリスの確執はクーデターとなりパロの内戦に発展しようとしていた。
そして、今から10年ほど前、今思えば私にとても大きな影響を与えたとても大事だった人が去っていった頃、グインはアモンを追放しパロを救うことで記憶を失い、モンゴール大公アムネリスの侍女であったフロリーはイシュトヴァーンの息子を彼の父親の名をその胸の中に秘めたまま生み育てていた。
そんな、物語の次世代の登場人物が徐々に出てきつつあるその頃に作者である栗本薫が逝去する。
それによってそんな物語はすべて途中で中断し、その平行世界が時間が止まる形で終わってしまったことで、当時の私は結構なショックを受けた。
それまで数十年続けて来た、少なくとも数ヶ月に一度は出ていた新刊を夕方に買って帰ってほとんど徹夜で一気読みするという習慣がなくなった。
思えば、本好きなら誰もが体験するであろう、徹夜で物語に没頭した後に現実世界に戻ってきた時の、寝不足と疲労でフラフラする、物語世界と現実世界のリアリティーが逆転したような状態の頭にアドレナリンが駆け巡るような、覚醒と疲労と離人感が入り混じったあのふわふわしたような感覚の心地良さを『グイン・サーガ』が一番多く与えてくれたのだ。
そんな風に本を読む日も殆どなくなり、この何十年もずっと同じ場所で徐々にその数を増やしてきて本棚の結構な量を占めていた、もう増えることのない150冊ほどになる全巻を思い切って処分した。
栗本薫が逝去してから今までのその背表紙の群れを目につくたびにかすかに芽生えるちょっとした寂しさのような感覚を覚える事もなくなり、代わりにぽっかりと開いた本棚の空間からちょっとした欠落感のようなもの感じながらも、その隙間が新しい別の本に埋められてゆくにつれ、人生の殆どの時間を奪われ縛り付けられていた物語世界から脱して開放されてゆくような感覚も抱きつつあった、というか、単純に言えばグイン・サーガが更新されることのない世界に慣れてしまったのだ。
そして今から5年前、更新されることのないままに終わったはずの『グイン・サーガ』の最後の巻が出て5年後、もうほとんど『グイン・サーガ』の呪縛から脱していたと言っても良い頃、私と同じように『グイン・サーガ』の熱心な読者でもあり、また著者栗本薫の門下生でもあった二人「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる二人の作家が終了したはずの『グイン・サーガ』を交代で書き続けることが決定し、栗本薫の版権を管理する会社から新刊が発売される事になった。

栗本薫自身も自分が生きているうちにこの小説を完結させることは出来ないと思っていたようで、自他ともに認める「憑依型作家」である彼女らしく、栗本薫自身が『グイン・サーガ』なる物語は、著者の私自身の意図と関係なく著者を経由して自立的に物語られてゆくもので、私自身も私の書いた物語の読者であり、私だけの物語ではない。というような意味の事を生前に常々言っており、自分の死後には誰かに続きを書いて欲しいと言うことを言っていたけど、本当にそうなってしまった。
長期連載していたマンガやら小説やらが作者の逝去によって中断することは多々あるけど、他の誰かが続きを引き継ぐという事はそんなにあることでないと思う。

栗本薫という著者の逝去により終わったはずの『グイン・サーガ』の新刊が別の作者によって再び書かれて出版される事になるのを知って、墓を暴いてその遺産を掘り出すような、死者を蘇らせてその口から語らせるような、そんな、禁忌に触れるようななんとなく不吉な感じがしたのだ。

映画『惑星ソラリス』で主人公の心理学者のクリスの目の前に過去に死んだはずの恋人が現れ、現実の恋人ではありえないはずなのに彼女をその恋人として扱わざるを得なかったように、もう諦めて吹っ切って納得して解決していた筈の事でも、実際に目にするとそんな違和感や決意は一瞬で吹き飛んで昔に戻ってしまう。

実際に決して目にする筈のなかった新刊を目にすると、当初感じた違和感のようなものや呪縛から逃れた開放感のようなものは一瞬で消えて読まずにはいられなかったし、昔と同じようにすべてを忘れて一気読みした。
読み終わった後の昔と同じような覚醒と疲労と離人感が入り混じったふわふわ感を感じつつも、一方で開放されたと思っていた世界に再び囚われるような怖さのようなものも感じた。

村上春樹が著作に関しての批判や指摘を華麗にスルーする時によく使う得意技でもある一般的な言説に、「著作と著者は完全に独立している。」というのがある。
そういう意味から言えば『グイン・サーガ』と栗本薫は完全に独立しており『グイン・サーガ』が栗本薫以外の著者によって書かれるのは何らおかしいことではないはずである。
とは言え、いくら同じ物語でも著者が変わればそれなりの明らかな違いを感じそうなものだけど、実際に栗本薫ではない誰かによって物語られる『グイン・サーガ』は私には驚くほどに全く違和感も齟齬も何もなく感じられた。
そもそも今まで『グイン・サーガ』に栗本薫が書いているとかその他の誰かが書いているとかそういった著者の存在を感じていたのかすら疑問になるほどに不思議な感覚だった。新しい著者を得た『グイン・サーガ』が作者の死とそれによる5年の物語の停滞を全く感じさせず何事もなかったのように語られ始める様に触れるのは、同時に何かとんでもないものの一端に触れるようでもあった。

それは一時その動きを止めていた『グイン・サーガ』なる物語が「栗本薫」という宿主から這い出て、新たな「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる宿主を選び、読者と著者を取り込んで再び成長を始めたかのようでもあった。「物語」の持つ怖さと生命力のようなのようなものを当時は感じたのだった。

そんな感じで五年前に再び『グイン・サーガ』の新刊を追うことになったけど、ここ二年ほどの新刊は全く読んでいなかった。

ということを冒頭に書いたけど、そもそもこの二年、『グイン・サーガ』にかぎらず殆ど小説を読まず「物語」に触れる機会は全くと言っていいほど無かった。読んだとしても過去に何度も読み返したものを何となく昔を懐かしむように少し読むくらいだった。
考えてみれば物語を一切を求めなくなるに足る根本的な原因がその二年前に確かにあったといえばあったような気がしないでもないけど、時が経ったからか何なのかわからないけど、とにかく最近久しぶりにふと小説が読みたくなり、そういえばと思いついてこの2年間で出ていた3冊の『グイン・サーガ』の新刊を昔のようにフラフラになりながら一気読みしたのだ。

「物語」そのものからしばらく離れていた私が新しい『グイン・サーガ』に触れて、久しぶりに感じた圧倒的な力を持つ「物語」に対する見方はまた新しいものだった。

『グイン・サーガ』なる物語が最初の著者である栗本薫によって世界に広まり、著者の死後はその読者であった「五代ゆう」と「宵野ゆめ」がその物語を引き継いで世界に広め始めた事実は、よく見ればいわゆる「神話」と呼ばれる物語と全く同じ構造をしている。
一つの体系に属する「神話」を構成する様々な「物語」は様々な話者や著者によって時には内に事実的な矛盾や破綻を含みながらも一つの神話体系を形作り「物語」として語り継がれてゆく。
考えてみれば神話に限らず人間の生み出すあらゆるものは「物語」で記述することのできるのではないか?

世界、国家、歴史、宗教それらすべては典型的な一つの世界に関する「物語」であるし。科学技術やテクノロジーもまた一つの物語にによる世界解釈でありそこから生み出される何者かであるといえる。

世界に存在する様々な「物語」はまるで遺伝子のように「ヒト」に語られることによって広がり受け継がれてゆく。
遺伝子がその乗り物である生物の上で利己的にふるまうように見えるのと同じように「物語」もまたその乗り物である人の上で利己的にふるまうように見える。
親が子を守るように、また生物が赤の他人よりも血縁関係のある個体を優先するように、あるいはまた働きバチが子孫を残さずに女王バチにその命をささげ尽くして子を産ませることで、自らが子を産むよりも多くの共通遺伝子を残すことになるように、人はその歴史の中で自らの属する、宗教、政治、あるいは科学の物語に自らの全てを捧げ自らの命を失ってまで物語を守り、自分より多く広くその物語を伝えることのできる人のために命を捨ててきた。

生物としてのヒトが求める根本的な欲求ではなく、人間としての人が求める快楽や安心や刺激の殆どは考えてみれば何かしらの「物語」の構成要素に見える。
考えてみれば、自分の過去現在未来の姿、自分が何者でどうありどうありたいか。それらは一つの「物語」であるし、自分の苦悩、悩み、問題そういった諸々に一つの救いや解消や解決が得られるというのはある一つの自らの望む「物語」によって一つの意味や解釈が与えられることであるとも言える。
そして人間が抱く欲望も何かしらの「物語」そのものではないのか。
地位、名誉、富、快楽、安心、愛、健康、社会的使命、等々、一般的に人が求めると言われるであろうそれらを求めて手に入れることは一つの物語に自分をおくことであるし、また、それらを求めずにまた別の道をゆくのも一つの物語である。
人間としての人の欲望の形は実に様々だけど、結局のところ求めるものを突き詰めてみればある一つの自分を貫く「物語」に収束するのではないだろうか。

利己的な遺伝子論は、それまで漠然とそうであると思われていた生物の根源的な欲求としての「自己保存」とそれに基づく「本能」が副次的なものに過ぎず、生物の自己保存を含む欲求のすべてが「遺伝子の保存」を目的とした要請に基づくもので、生物の個体自体はただの遺伝子の乗り物にすぎないとして、科学分野だけでなくその後の世界の生物観や生命観を大きく変えたといわれる。
生物にとっての遺伝子と自己保存と本能との関係がそうであるように、人間にとって一番最優先されるのはその物語で、自己保存とか欲望とか言ったものはその物語の副次的なものに過ぎないとすれば、また、利己的な遺伝子論と同じように人が「物語」をその中に持つというよりもむしろ、「物語」を保存し広め更新し生み出してゆくための乗り物にすぎないととすれば、利己的な遺伝子論前後の生物や生命に対する見方がを一変させたように、人が自らの生命や生きることそのものに対する見方も少しは変わるかもしれない。

思えば、私はずっと自分が何を求めているのかよく分からなかった。
一般的な意味でよく言われる、自分がこれからどうなるのか、どうなりたいのかといったヴィジョンのようなものもまったく持っていなかった。
アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉は大好きだけど、自分に関しての発明すべき未来を思いつくことはできなかった。

今でも自分が何を求めているのかは分からないし、自分がこれからどうなりたいのか、また発明したい未来というようなヴィジョンも相変わらずまったく持っていない。
それでも、今までの欲望ベースで「自分は何を求めているのか」や「自分はこれからどうなりたいのか」などと言わずに「自分はどんな物語を求めているのか」「自分はこれからどのような物語に身を置きたいのか」と問うような、物語を基礎とする視点で自らを見るとその見通しはだいぶクリアに像を結ぶような気がする。

人間はほの暗い「欲望」よって突き動かされて、自らが欲しいものもよく分からないままに求め続ける存在である。ととらえるよりも、人間は自らに埋め込まれた物語を求めそれを完成させて広めるために突き動かされている。ととらえる方が世界はより楽しく見えるような気がする。

それは利己的な遺伝子論がそれまでの生物観を一変させたように、今までの『不思議の国のアリス』的なカラフルで牧歌的な世界が、突如ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』的なくすんだサイバーパンクな世界に変容するほどの楽しさはあるかもしれない。

2018年2月16日

女子力の高いハンドクリーム

以前から通勤用の自転車のペダルのあたりから踏み込んだ時に軽い「パキッ」という異音がなるようになっていてずっと気になっていたのだが、昨日の連休で思いつく限りの場所すべてを分解してグリスアップしてやっと音鳴りが止まった。

結局音が鳴っていたのはペダル軸でもクランクボルトでもボトムブラケットでもなくリアのハブだったというオチだったのだが、両手をグリスとオイルと訳の分からない汚れで真っ黒にしながら作業しており、その汚れを落とすためにもう皮を溶かしているんじゃないかというくらい良く落ちる工業用のクリーナで何度も手を洗ったために手の皮がボロボロになっていた。

で、そんな手なので、職場でエレベータに乗っている時やら何やらで蠅のように手をスリスリと擦り合わせてながら「ゴマすってるんじゃなくて、自転車分解しすぎて手がガサガサなんですわー」などと世間話のネタにしたりしていていたら、先日、職場の超女子力の高いある方に「土偶さんが手が荒れてると仰ってたので、うふふ♪」とハンドクリームを頂いたのだ。

ロクシタン シアハンドクリーム??
む、これはおフランスのアレではないか。しかもなんか妙にデカい歯磨き粉くらいあるガチ勢サイズやん?
あ、そういえば今日は2月14日?といえばあの日ではないか??
むむ、これはもしかしてそういうことなのか??

いやいや、そのハンドクリームくれた方は無駄に女子力の高い人立派なオッサンやし…

ということで、私のガサガサの手は貰ったハンドクリームでとっても潤い、景気よくキーボードをカタカタ叩くと何とも女子っぽい匂いが漂ってきて…
むむむ...なんか変な気分になっ、いやいやいやいやいや

 

2018年2月10日

意味を考えない意味、理由を求めない理由

2017年中、このブログにエントリを二つしか書いていないことに今更ながら驚いた。
いやもうこのブログを残しておく意味なんかないんじゃないか?と思わないでもないけど、人間意味を考えた時点で足が止まる事は私も知っている。
「生きている理由」やら「実存の意味」やら「レーゾンデートル」などというものに関わらず「書かないブログを残しておく意味」なんぞについても、ふと考え込んでしまうといろいろ色とこじらせてややこしい事になってしまうのだ。
ということで、とりあえずこのブログは消すこともないしそっ閉じ…
というのも何なので今これを書いている。

人は自分のなれないものについては夢見ることすらしないというけど、最近よく思うのは、それを逆にした言い方「夢見る時点で何かしらの可能性がある」ということだ。
このブログを書き始めるずっと昔、この業界に入り始めた若いころに心の中で思い描いていた状況、こういう立場でこのくらいの収入があればええやろうなぁ。という状況に自分がなりつつあり、何かしら一つの到達点をクリアしたような感覚がある。
もちろん同じ業界やったり同じ年齢くらいの人間と比べれば全く大したことはないけど、また逆にそれくらいしか思い描けなかった事が自らの可能性を小さくしてしまっていたと言えないこともないけど、それでも、若き自分がぼんやりと思い描いた姿に自分自身がなっているというのはそこはかとなく嬉しいものだ。
他人と比べる相対評価ではなく、自分自身で自分を見た絶対的な基準でもって自分自身を評価できるというのは嬉しいものだ。
と、なんか胡散臭い自己啓発的な何ぞみたいな語彙が出てきたのでとりあえずこの話はここまで。

思えばブログにほとんど何も書かなかった期間に色々なことがあったし、私を取り巻く環境や私自身の嗜好も結構変わった。
本を前ほど読まなくなった代わりに良く旅行に行くようになった。一昨年なんか3回も沖縄に行った。
昔はなんとなく好きじゃなかった東京が何度も遊びに行くうちに大好きになり、住みたいと思うほどになり、それならと、通販会社を隠れ蓑にしてITの各分野の先端を突っ走るグローバル企業で働く友人にうちの東京の求人に応募してみないかと誘われたりもした。

今私は結構いろいろなことを夢見ている。数年前までは全く思い描きもしなかったことだ。
先に書いた話からすれば、それは全くの実現不可能なものではない。ということになる。
いつかそうなるといいな。

2017年3月18日

適応と憐憫と恩寵

とても価値があるように思っていたものが気づくとそれほどでもなくなっていたり、また逆に今までなんとも思わなかったものがいつの間にやらとっても素晴らしく見えるようになっていたりすることは、人間生きていれば割とよくあることだ。
そんな我々に起こる内的な変化を人は成長とか老化とか、飽きたとか我に返ったとか目覚めたとか、その時その場合の立場や見方で色々な言葉で呼んでいる。
そんな変化は人間の中の精神的な部分で気まぐれに起こっている現象のようでいて、実は何かしらの危機的な環境の変化に晒された精神が、その環境に適応して生き残る為に選択した戦術の一つであるように最近思うのだ。

気付けば私も色々なものを好きになり、色々なものが割とどうでもよくなり、あれに熱中しこれに飽き、あれを志しそれを諦め、そんなことを繰り返しつつ生きてきたような気がする。
結局そんな変化が方向性として正しかったのか間違っていたのかはさっぱりわからないけど、それでも少なくとも生物としての生存戦略のレベルから見れば、現状で生き残っている状態は成功であるとは言えるように思う。

昔は旅行が嫌いだった私がこれだけ頻繁に旅に出るようになり、苦いとしか思えなかったビールをゴクゴク飲んでは「ふひー」っとため息をつくようになった一方で、夏になるとどうしても行かずにはおれなかった海もそんな情熱を持って迫ってくるものではなくなり、ここしばらくの生活のかなりの部分を占めていたゲームのようなものを起動することも殆どなくなってしまった。

今まで知らなかった美しさや素晴らしさが見えてきた時の喜びは単純に心地良いけど、以前は価値があったはずのものが今や全く色を失って見える事に気づいた瞬間というのは、過去のある時にはとても大きなものだった筈の美や真の一つを喪失した自分自身に対して、そしてまたそんな情熱を持って向けられる一つの目を失ってしまった対象に対して、ちょっとした憐憫の情のようなものを感じる。

かつては私の中にあったけれどどこかに消えてしまった「何か」に対する情熱や親愛やら友愛の情のようなものは、ただ私の中を通り過ぎたのではなく、特定の期間を生き抜くために一時的に与えられた恩寵のようなものなのかもしれない。などと思う春であった。

2016年8月28日

冒険者土偶、巨大ヤモリを捕獲せよ

部屋に巨大ヤモリが出没したので何とかしてほしいと依頼が入り、出かける用事もあったのでついでに寄ってゆくかということで依頼を受ける。
ヤモリが部屋にいるとかむしろご褒美やん。と思いつつもそこは創世記の昔から蛇とか爬虫類と女子の間には敵意が存在するのだ。

主なる神は、蛇に向かって言われた。
「このようなことをしたお前は
あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で
呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に
わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」
 創世記3:14~15

早速現場に赴くもターゲットの姿は見えず。物陰という物陰を捜索して対象を肉眼で確認。巨大ヤモリと聞いていたが実際に出現したのはほんの生まれたばかりの小さい小さい子ヤモリであった。

ヤモリだろうが怪魚だろうが人間関係だろうが恐怖の対象は実際よりもはるかに大きく見えるものだ。
どんくさくオロオロする子ヤモリを難なく捕獲、子ヤモリゲットだぜー。

 

手の中でもぞもぞ逃げようとする子ヤモリはかなり可愛らしい。
「森へお帰り。特定の人類と爬虫類は同じ世界に住めないのだよ、そのうちにゴキジェットとかで攻撃されれば全面戦争になってしまうやもしれぬ。」とを外に開放してミッションコンプリート。
報酬は北山紅茶館でヌワラエリアを一杯。駆け出し冒険者にはまずまずの依頼だ。

しかし、このような討伐系の依頼を受けてゆくと、野良犬が近所に住み着いたので追い払ってほしい。庭先にスズメバチの巣ができたので駆除してほしい。とエスカレートしてゆき、
そのうち「村のはずれにオークが巣を作って畑を荒らすので群れを殲滅してほしい。」「ワイバーンが飛来して家畜をさらってゆくので迎撃してほしい。」となり、
そして最後には「ドラゴンに姫がさらわれたので救出してほしい。」とかいうどこの勇者様だよ!というトンデモ依頼にエスカレートしてゆくのだろうなぁ。

2016年8月10日

旅行が好き

1年ほど前からなんとなく旅行の合間に生きているような気がする。

それまでは何かしらのおぼろげな目標のようなものはあった。通過地点も方法もわからないけれど、それでも、少なくとも目指すべき方向性というものはあった。
しかし、突如それが消えてしまうと、走性の方向を見失い、残存する快不快の欲求原理にしたがってのみ行動する微生物のように、数ヶ月の間隔で数泊する旅行に行き、美術館や博物館をひたすらめぐり、音楽と本と位置情報ゲームに時間を割くような生活を送ってきた。

とはいえ何かに盲目的に没頭したり熱中するわけではなく、不思議と平坦な興味や感情のままそういった対象と向かい合っているように思う。
「すべてがどうでもいい」というほどの情熱的な否定ではなく、「大抵のことはわりとどちらでもいいかな」といったフラットな感覚を生きているような、かつて楽しかったり面白かったり好きだったりといった過去の欲求の残滓が行動原則となっているような、そんな感じであろうか。

ずっと昔、私は旅行があまり好きではなかった、しかし10年ほど前から旅行が好きになり、そして1年ほど前から何人かで出かけても別行動をしたり、特定のイベントや晩御飯のみ合流する、といったような旅をするようになり、ますます旅行が好きになった。

旅行の良いところは心情的には現実逃避でありながらも、実際的には拡張現実にしかなり得ないところであろうか。
完全に現実と切り離された仮想現実世界に落ち込んでしまう危険もなく、かといってガチガチの抜き差しならない現実と向き合わずに済むし、そしていつかは強制的に現実に戻らされる時間が訪れる。

この1年ひたすら楽しい旅をして、面白い本を読んで、面白い展覧会を見て、過去の旅も、過去のあれやこれも、過去の私も、もしかしたらああすれば楽しいものになったかもしれないな。あれはこういうことだったんだな。
と思うことが時々ある。

それは少ししょっぱい様な甘酸っぱいような感覚だけどwでも、それはほんの少しの自分の成長として感じられる。

とはいえ、目的のない成長にあまり意味がないようにも思える。
成長そのものを目的とする成長は、多くのオタクがそうであるように手段が目的となった感がある。
「成長オタク」とか私が最もなりたくない人種の一つだな。

ということで、ゆる~く旅行写真とかもアップロードしようと思うのであった。

2016年4月25日

あれから10年も、この先10年も

半年間このブログを放置していたけど、それでもずっとこのブログのことはそれなりに気にかけてはいた。
しかし気がつけばこのブログを書き始めて10年も経っていて、いったいこの10年間は何だったのだろうかとw

もうずっとブログを書くにも書こうと思う事がそれほどなかった。と思いつつも、ほぼ毎日更新していたころは何について書くかを決めてから書き始めていたのではなく、とにかく何でもいいから書き始めているうちに何かを書いていた。という感じであった。
今もそういう風に書けばいいのだろうけど、実際何かを書き始めると、色々な関係性を考慮してこれは書くべきではないなと、手が止まる事が多すぎるような気がする。
10年経ってますます、もう後戻りできないほどに内向性が増しているように思う。

最近、と言っても半年ほど前だけど、この一年ほど減っていた読書量が増え、このブログを書き始める以前に読んだ本を読み返すことが多くなった。
十年以上前に読んだ本を読み返せば当然印象も理解も変わってくるので、そのあたりを取っ掛かりにまたここに感想を書いていこう。
と、思うだけで、今日のブログは終わり。

 

2015年10月26日

ブログを気分的にリニューアルする

「降りかかって来た」と見えるものを後から見てみれば、ゆっくりと段階を踏んで着実に積み上げられ、そしてそれが必然的に崩れたものである事がよく分かるし、
断ち切られたかに見える時間の繋がりも、よく見れば徐々に細くなってやがて切れてしまったものだという事が理解できよう。
マクロ的に突発的な災害に見えるものは、ミクロ的に見ればいくらでも予測も回避も可能だった予見可能なものであったという事になる。
そして、何かが切れ、何かが崩れ、何かが終わるということを、肯定的に一般論で言えば、そこを区切りとした何かの始点であると解釈することも出来るわけだ。

とはいえ「区切り」というものを連続性を断ち切った1つの印として肯定的にとらえようとしても、どう見ても連続性の中の特定の一点を指し示す単なるマーカーにしか見えないこともある。
全体を大いなる発展と進歩と繁栄の歴史だと捉えると、何かの区切りは新しい連続性の始まりの合図であり、
全体を大いなる切断と崩壊と終了の歴史だと捉えると、新しい何かが始まりはただの一通過点で過ぎない事になる。
結局のところそれは見る者、そこにいる者の歴史観であったり未来感の問題になってくる。

「未来を予測する最善の方法は、それを創造することだ」
というアラン・ケイの言葉があるけど、破滅的終末論的な史観でもって未来を見るということは、破滅を創り出そうとしている事になるのだろうか。

ちょっと新しい事を始めたい、と思いながら数週間ほど経ったけど、結局特に何も思いつかなかった。
とりあえず、このブログのどこかしらでも変えてみようかと思い、ブログの全コンテンツを消してゼロから始めようかと思ったけど、やっぱり勿体無くて出来なかった。
色々なものが移り変わる中、このブログの中に含まれるものはあまりにも古臭い。

そもそも、ブログという形態自体がすでに古臭いのだ。
それでも少し微妙なとここを変えてみた。
気分的にこのブログもリニューアルだな。

2015年10月10日

猫パンチが暴力に見えないように、雑草は遷移する。

今年もノーベル残念賞だった村上春樹の初期の作品を先日から読んでおり、今は『羊をめぐる冒険』の終盤に差し掛かったところ。

村上春樹はこの『羊をめぐる冒険』の続編である『ダンス・ダンス・ダンス』あたりから失ったものやら隠されているものやらを「取り戻す物語」にシフトしてゆくような印象を私は持っており、彼がノーベル文学賞候補になるほどに評価されているのも、どちらかと言えばこの「取り戻す物語」の方向性であるように思える。

このノーベル文学賞候補としての村上春樹とあまり関わりのないようにみなされる、いわゆる初期三部作、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』は「僕」と「鼠」が20代の10年ほどのあいだの「喪失の物語」と言い切ってしまってもいいだろうと思う。
この三部作ごとに「僕」と「鼠」は色々なものを失い続けてゆき、三部作の最後で「鼠」自身の存在が失われることでその「喪失」は完成するわけである。

とは言っても、「鼠」と「僕」より遥かに年上になったせいか、昔はやたらとシンパシーを抱いたはずの彼らの「喪失」がそれほど身に染みてくる事はない。
『1973年のピンボール』で鼠の苦労に対して「もっともそれはどう眺めまわしても苦労といった類のものではなかった。メロンが野菜に見えないのと同じことだ。」って書いてあったけど、
彼らの「喪失」があまり「喪失」と呼べるほどのものに見えなくなっている自分に笑える。
村上春樹風に言えば猫パンチが暴力に見えないのと同じことだな。

ふとこのブログでこの本の感想について書いたことがあるのだろうかと思って検索してみると、2006年8月17日に該当するエントリーがあった。
内容がどうこうというよりも、それが今から9年前のエントリーであると言う事に本当にびっくりした。

この9年の自分自身の変わらなさを冷静に考えると暗澹たる気持ちになるけど、それでもそれなりに、私も成長したような気もしないでもない。
それは道端に捨てられた観葉植物が枯れ、その植木鉢に生える雑草の植物相が遷移してゆく程度のものであるかもしれないけど。

  

2015年10月6日

ベートヴェンの「嘆きの歌」はチープであることに意味がある。

先日手足口病になってとても苦しかったと言う話を書いたけど、やっと回復して普通の状態に戻ったなと思ったら気管支炎になった。

寝転ぶと痰が詰まって息が出来ないので寝ることが出来ず、辛いのに寝ることが出来ないというかなりきつい状況。
そして少しでも動くと呼吸量が増えて息苦しくてたまらないので、座ってゆっくり息をしている以外に何も出来なかった。
もう殆ど強いられた座禅みたいなものである。
二日目になってちょっと楽になったものの、やっぱり動くと辛いので座っていることしか出来ず週末の土日は二日間ほとんど寝ずに古い本を読みまくった。

以前読んだはずの村上春樹 『約束された場所で―underground 2 』でインタビューされているオウム信者に胸が痛くなるほどの親近感を抱き、長野まゆみ『テレビジョン・シティ 』で本当に本当に胸が痛くなった。

ここ最近、というかかなり前から余り昔のことを思い出すことなんかなかったけど、睡眠と呼吸が苦しい状況で昔の本を読んでいると、その本を読んでいた時の昔の感覚がよみがえって来る。
殆ど人生を諦めかけた瞬間に何かの拍子でふと浮かび上がったものの、まだその幸運が信じられずその諦めの残滓が残っているような、そんなあの感覚だ。

大抵の人がそうであるように、私にとっても特定の音楽や本はある特定の場所や状況や人に密接に関連付けられており、呼吸困難と寝不足といった肉体的に追い込まれた状態で読んだ昔の本がそんな感覚を呼び戻したのだろう。
半ばそんな感覚の残ったままで、ちょうどそんな時代に私が大好きになり、それから今までずっと世の中で最も美しいもののひとつだと思い続けているベートヴェンのピアノソナタの31番と32番を、今日は真正面から没頭してひたすら聴いていた。こんなに必死に没頭して音楽を聴いたのは本当に久しぶりだ。

ちょっと細かい話になるけど、この31番の第三楽章の冒頭の後とフーガーの後にワーグナーに絶賛されたという、いわゆる「嘆きの歌」と呼ばれる旋律の部分があるのだが、全体としての同曲の余りの美しさに引き換え、この部分は余りにも感情的で大げさ過ぎてチープに感じられて、昔から「嘆きの歌がなければ完璧なのに」などと思っていた。
しかし、今日改めてじっくり聞いた時に、これは逆にこう「チープでありきたり」であるからこそ意味があるのだとふと思った。
本人にとってどれだけ絶望的な嘆きであったとしても、それをはたから見れば大抵は感情的でチープでありきたりな物語にしか見えないものだ。
我々にとってそれがどれだけの嘆きであったとしても、それは全体としてチープでどこにでもあるような嘆きでしかない。
それは自分自身から特殊性や特別性を奪うものであるかもしれないけど、更に突き抜けてしまえばひとつの救いになるかもしれない。

そう考えると今まで気に入らなかった「嘆きの歌」がとても愛おしいものに感じられる。25年ほどこの曲を聴き続けているけど、今になって捉え方がガラッと変わるとは自分でもびっくりである。

この31番と32番はあらゆる辛酸を舐め苦しみぬいた晩年のベートーヴェンが若いころのように運命や苦悩に対峙して抗ったり反抗せず、自分のあらゆる状態を受け入れて昇華してしまうような美しさがある、というような感じの事を一般的には言われるわけであるけど、そんなベートーベンの苦悩ですらチープでありきたりのものであるならば、我々のものなどいかほどのものであろうか。
とそんなことを思った病み上がりの月曜日であった。

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