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2012年9月25日

恋する男サルトル(68歳)

ハイデガーが自分の教え子であったハンナ・アーレントと長期間不倫関係にあったのがあまりにも有名な話である割には、
ハンナ・アーレントの存在や彼女との恋愛がハイデガーの思想にいかなる影響をもたらしたのかってのは語られることは全然無い。
ってことで以前『アーレント=ハイデガー往復書簡』を読んだのだが、ハンナ・アーレントのハイデガーに対する崇拝ぶりと萌えっぷりに引き換え、ハイデガーの方の彼女への感情はただのちょっとした不倫以上ではなく、ナチスの裁判が始まった時には、ナチスに迎合した自分が罰から逃れるようにユダヤ人であった彼女を利用し、最後には自己満足と自己肯定のために自分の妻と和解させようとまでした。

ハンナ・アーレントは全身全霊で生涯にわたりハイデガーを愛したわけであるが、ハイデガーにとってハンナ・アーレントとは影響を受けたり変革を迫られたりするような存在ではなく、ただ慰みものにし利用するだけの存在でしかなかったのだ。
たとえハイデガーが彼女を愛せなかったとしても、そういう自分自身を問題視したり変えようとはせず、ありとあらゆる色々なものを捧げて自分を愛した人間をそういう風に扱ったハイデガーの満開のクズっぷりに心底がっかりしたのだった。
なんかもうこれからハイデガーの本を読む気にもならない。以前に長いことかかって読んだ『存在と時間』の記憶を脳内から抹消したいくらいである。(ほとんど忘れてるけど。)

それに引き換え、ボーヴォワールとサルトルの関係はほんわかしてよろしいな。『ボーヴォワールは語る―『第二の性』その後』で65歳のボーヴォワールと68歳のサルトルが二人の関係についてインタビューを受けてて答えているところなど妙に和む。
もう老齢に差し掛かりながらも自らの恋愛についてバカップル満開で語る様はいかにもフランス人という感じだな。

昨日サルトルの『実存主義とは何か』を読んだが、サルトルにとってのボーヴォワールとの恋愛から及ぼされた影響がなんかよくわかるような気がする。

今までどちらかといえばスルーしていたサルトルであるが、なんか妙に好感を持ってしまったのであった。

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