「津軽のカマリ」「スケッチ・オブ・ミャーク」/風土性と音楽性
映画「津軽のカマリ」を観た。
昔々、私は高橋竹山のCDをひたすら聞いていた時期があった。彼の弾く三味線は当時色々と大変で荒んでいた私の心の深いところに届き、私は生き抜く事が出来たのだ。
思い入れの強すぎる題材に関する映画は微妙なことは多いけど、この映画は全然そんなことはなく素晴らしかった。このブログを書くくらいに素晴らしかったのだ。
子供のころに盲目になり、寒村を門付して歩いた生きるための彼の演奏と生き様が、吹雪く雪景色、荒れ狂う冬の日本海、原色のねぶた、定期的に訪れる飢饉と災害、イタコといった東北独特の風土と結び付けてとらえられているのがぐっと来た。
タイトルの「カマリ」は津軽弁で「におい」の意味のようでまさにタイトル通りの映画だった。
CDを聴き過ぎてもうすべて自動的に頭の中で流れるような彼の三味線であるが、曲の前奏のように等間隔で一音ずつ分散和音のように弾かれる音が三本の弦の音合わせの為に弾いていたものだとこの映画を見て初めて理解した。
映画が始まって数曲目のおそらく渋谷ジァン・ジァンの録画であろう水車が回る謎のセットで演奏された「津軽じょんから節」はもともの即興要素が強い曲で、彼だけでなく色々な人の色々な演奏を聴いたけどこの映画のように途中で転調するような演奏を始めて聴いて心が震えた。
彼の最後の演奏が観れたのもよかった。
高橋竹山のCDを聴き続けてきた私からしても劇中に登場する竹山の演奏は素晴らしいものが厳選されているなと感じる。
映画では彼の弟子や関係者が出てきて彼について色々話すのだがこの映画を見て初めて二代目の高橋竹山がいるのを知った。
「高橋竹山」でイメージするものとはおよそ正反対にあるようなしゅっとした美人さんでびっくりである。
こういった伝記的でドキュメンタリー的な物語はとかくノスタルジックに伝説の人物の偉大さだけを強調することが多いけど、青森で二代目竹山を二代目として認める人は多くないと語られていたように偉大過ぎる初代に対する二代目の苦悩のようなものも描かれていて良かった。
映画の中で彼の口から語られるように高橋竹山の津軽三味線は文字通り生きるために紡がれてきた音である。現代で津軽三味線を弾くことにそこまでの意味と重みをつけることは不可能であろう。
しかしそれでも初代高橋竹山が彼女に二代目の名前を譲ったのだ。その事実の意味は重い。周りの人間はいろいろ言うだろうけど初代自身が二代目を後継者として認めたのだ。
この映画の端々に出てくる初代高橋竹山の演奏はもちろん凄かったけど、映画の最後を飾る二代目高橋竹山の演奏もスタイルも曲も技術も初代とは違っていてとてもとても素晴らしかった。決して初代にはなれないけど、それでも初代を超えて、乗った初代の肩から飛び立とうしている二代目の姿が伝わってきた。
遺伝子とは単純に個体をコピーする因子ではなく、自らを伝え、自らを改変し、自らを超えて環境を生き抜くためのシステムである。そういう意味で確かに、ある時点で私を決定的に救った高橋竹山の遺伝子は脈々と受け継がれているんだと感じた。そしてたぶんきっとこれからも色々な人を救うだろう。としんみりした。
ついで、と言っては何だけどこの映画を撮った監督の別の作品で宮古島で口伝されて来た「唄」にまつわる映画である「スケッチ・オブ・ミャーク」の感想も書いておこう。
元々沖縄はずっと色々な侵略者に虐げられてきた土地であるけどその中でも宮古諸島はさらにひどい支配を受けていた。
そんな宮古諸島には沖縄本島とは違う独特の歌や神事が残っており、主にそれは薩摩藩による支配の時代にできたもので、それは重税を払い終わった喜びの歌であったりこの辛い世の中をを楽にしてくださいという願いであったりする。
この映画と言うかドキュメンタリーではそんな歌がひたすら流される。
複数人で行われる神事で、神と共に歌う選ばれたカカラなる人物が歌うオヨシなるソロパートを聴いていると心の底からゾクゾクくる。
序盤でいきなりこれが来て後半はどうなるのかと思ったけどうまくまとまっていた。
この世の悲しみと楽しみ現実と願いを切々と歌い上げる歌を聞いていたらいつのまにか終わっていた。
リゾートではない沖縄が大好きでよく行くほうだけど、それでも本島とは違うこの歌達を聴いた後は何かすごいものに触れた感触が残っている。
これも「津軽のカマリ」と同じく良い映画だった。どちらか一つの映画好きな人は多分両方とも好きなるだろう。
その土地に伝わる「音楽」をその土地の風土性と関連付けて語られるのが素晴らしい。