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2007年5月21日

フェロモン主義世界の底辺でルサンチマンを叫んだだけだもの。

「富める者はますます富み、 貧しきものはますます貧しくなる」ってのは、某マタイの言う宗教的な話じゃなくって経済学的な文脈でもよく言われるけど、何かしらの特定のものを持つ事自体が、その何かしらの特定のものを持つための有利な条件になると言うことで、金銭とか材とかいう意味での富だけじゃなく、ありとあらゆる「富」の性質を持つものに適用される。例えば環境、知識、教育、などなど。
これらはほとんどポール クルーグマンの受け売りやけど、最近身近にそれを感じることが多い。
「バカはますますバカになり、まともな奴はますますまともになる」これは自分がまともな側にいると自惚れているので、歓迎すべきことではないにしろ将来的にまともになる可能性があると言う点でまぁ受け入れられるけど、「モテる奴はますますモテるようになり、もてない奴はますますモテなくなる」になるともうどうしようもない。
最近ではもう自分のモテ無さ加減を受け入られるようになってきたけど、それでも、ひたすらにモテまくっている人間を見ると心穏やかではいられない。
これだけ必死でバタバタして伸び上がってみても、存在だけでその次元を遥かに凌駕している「フェロモン資本家」のような奴などいくらでもいる。
「働けど 働けど なお わが暮らし 楽にならざり ぢっと手を見る」自体は受け入れられないことは無くっても、その状態で濡れ手に粟の資本家を見ると怒りを覚えるのと同じである。
巷で言われる資本主義的格差社会が否定されるべきなら、このフェロモン主義的格差から生まれるルサンチマンも否定されないだろう。フェロモン的スラムに住む住人が、フェロモン的セレブにルサンチマンを抱くのは当然で、私のルサンチマンも正当なのである。ごく当たり前の事をごくあたりまえに叫ぶのは当然だもの。というわけである。
しかし、いくらフェロモン革命を起こしたところで、フェロモン資本家とフェロモン小作人の間には覆しようの無いフェロモン壁があるので、もうぢっと手を見るしかない、フェロモン小作人であった。

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