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2016年8月10日

旅行が好き

1年ほど前からなんとなく旅行の合間に生きているような気がする。

それまでは何かしらのおぼろげな目標のようなものはあった。通過地点も方法もわからないけれど、それでも、少なくとも目指すべき方向性というものはあった。
しかし、突如それが消えてしまうと、走性の方向を見失い、残存する快不快の欲求原理にしたがってのみ行動する微生物のように、数ヶ月の間隔で数泊する旅行に行き、美術館や博物館をひたすらめぐり、音楽と本と位置情報ゲームに時間を割くような生活を送ってきた。

とはいえ何かに盲目的に没頭したり熱中するわけではなく、不思議と平坦な興味や感情のままそういった対象と向かい合っているように思う。
「すべてがどうでもいい」というほどの情熱的な否定ではなく、「大抵のことはわりとどちらでもいいかな」といったフラットな感覚を生きているような、かつて楽しかったり面白かったり好きだったりといった過去の欲求の残滓が行動原則となっているような、そんな感じであろうか。

ずっと昔、私は旅行があまり好きではなかった、しかし10年ほど前から旅行が好きになり、そして1年ほど前から何人かで出かけても別行動をしたり、特定のイベントや晩御飯のみ合流する、といったような旅をするようになり、ますます旅行が好きになった。

旅行の良いところは心情的には現実逃避でありながらも、実際的には拡張現実にしかなり得ないところであろうか。
完全に現実と切り離された仮想現実世界に落ち込んでしまう危険もなく、かといってガチガチの抜き差しならない現実と向き合わずに済むし、そしていつかは強制的に現実に戻らされる時間が訪れる。

この1年ひたすら楽しい旅をして、面白い本を読んで、面白い展覧会を見て、過去の旅も、過去のあれやこれも、過去の私も、もしかしたらああすれば楽しいものになったかもしれないな。あれはこういうことだったんだな。
と思うことが時々ある。

それは少ししょっぱい様な甘酸っぱいような感覚だけどwでも、それはほんの少しの自分の成長として感じられる。

とはいえ、目的のない成長にあまり意味がないようにも思える。
成長そのものを目的とする成長は、多くのオタクがそうであるように手段が目的となった感がある。
「成長オタク」とか私が最もなりたくない人種の一つだな。

ということで、ゆる~く旅行写真とかもアップロードしようと思うのであった。

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