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2006年1月2日

まず土偶よりはじめて下さい

年の瀬気分とか正月気分とかにはあまり無縁な人間やけど、N響の第九とウィーンフィルのニューイヤーコンサートをテレビで見るとなんとなく、年の瀬、新年てな気分になってくる。第九の作曲者であるルイードヴィヒとN響の指揮者になったウラジミール・アシュケナージ(某Mixiの名前の由来だったりする)については激しく敬愛するお二方にてとても語りつくせないので、とりあえず今は割愛。


ウィーンフィルを指揮したマリス・ヤンソンスはさすがに人気者といわれるだけあって見てておもろかった。動きが派手やけどメリハリがはっきりしてる。なんつーか、オケのドライブ感?聴衆に対する指揮のわかりやすさ?そういうのはすごかった。と分かった様な顔をして言ってみる。つかどっかwebに彼の特徴として、そういう風に書いてあった…確かにそういわれれればそんな気がする。あくまで気がするだけやけど…
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、そのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は「比類なきオーケストラ」とか言われてるけど、こいつらみんなが公務員やという事実はなんか日本と比べて違う意味の「国力の差」というのを感じる。
日本に純粋に芸術性だけを求められる公務員がいるか?そういう存在を認める国家や国民でありうるか?国営の能楽堂とか文楽劇場とかのハードはあるけど、ウィーンフィルほどに認められるようなソフトは皆無ではないか?
「近代化は西洋化ではない!!」とかいうつもりはまったくないけど、オーストリアという国が国家をあげて、国民をあげてその誇りとして内外ともに認める最高の芸術的集団を持っているのはかなりうらやましい。日本が誇れる芸術家と呼ばれるような人間はみんな日本が嫌になって飛び出し海外で成功した人たちばかりだ。本来なら国あげて応援すべきやのに、応援するどころか「ここにおっても駄目や」と思わせるような雰囲気を作っているのはいかがなものかと。
ハードだけ適当に用意してそれで何かをしたような気になり、ソフトを大事にしない。逆にソフトを軽んじるような方向にある風潮はいただけない。ソフトあってこそのハードではないかと。このままではどんどん優秀な人材が海外に流失してしまう。いいのか??本当にいいのか??ええわけないやん。あかんでしょ??
ということで、とりあえずどっちかと言うとソフト屋である俺に日本国家は手取りで年収1000万を約束汁!「まず隗より始めよ。」という諺があるではないか。とこれが言いたかったorz

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