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2007年10月28日

The Lord of the Ring

日曜日。世界に不幸など一つも無いと言わんばかりの良い天気。
昨日の夜の気がかりなメールに返信した後、黄色ピスト君に乗って遊びに繰り出す。
遊びついでになつかしの病院に寄り、入院人の様子を見に行きしばし語らう。
特に何も突発的な懸念事項が起こったわけではなく一安心する。
しかしながら、持参した謎の小袋ベビースターとかっぱえびせんを我慢できずに一袋づつ家で食べてしまった事を激しく非難されるも、宗教的基盤の無いモラリティーは計量的価値の大小によって測られるべきである。つまりこの場合は一般的なモラルとして一袋おやつを食べてしまったがゆえに見舞い品として持ってくるのを諦めるよりも、一袋無くなっても持ってこられたほうが食べられるものが在るという計量的な基準でモラリティーが高いとされるのだ。
などと良くわからない論点すり替えエチカアタックでその攻撃を無力化する。


自転車を止め街中をひたすら歩く。「無知の知」を知っている事がもっとも知恵のある者の証拠だと言う古い話があったけど、そこに何があるというよりも、そこに何が無いという事になかなか気づきにくい事を身を持って知る。例えば、何処にでも売ってそうやけど、買おうとすると中々売っていない事に気付くモノが多すぎる。などなど。
知識では得られない知恵に近づく道は中々険しいと思う。この世を楽しく行きぬく知恵と力を激しく渇望する。
最近本当に酒が飲めるようになってきた。そして、チャーリー・パーカーがドラッグをキメてステージに登った気持ちも少しだけ自分の中にあるものとして理解できるような気がしてきた。
確かに経験的知が知恵に近づくのには一番良いことは理解出来る。しかし、経験の範囲外に在る事は理解しえず、共感し得ないとするならば、論理と想像力の出る幕は何処にあるのだろうか。
感性と経験に賭ける人が多い世の中で、論理と想像力を力として最後まで頼みにしたいと思う。
私のブログはよく深刻になりすぎると自分では思う。
しかしながら、全く深刻になら無さ過ぎるよりはよっぽど良いと自分では思っている。
そして、深刻になろうとしない人よりも、深刻すぎる人の方を、私は遥かに好ましい者であると思っている。

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