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2007年11月15日

とやかくドッペルゲンガーは本に影響されやすいタイプ

自分の特定の言動が他人にとやかく言われるのではないか?と仮定する時点でその特定の自分の言動が他人からとやかく言われる要素があると自身で認定しているわけである。つまりは他人からとやかく言われる以前に、自分自身で自分の事をとやかく言っているようなものなのである。
とやかく言っているのは他人ではなく自分自身であり、そしてそれは一番の敵は他人でなく自分自身である事をよくあらわしている。
多かれ少なかれ人間は自分の中に在る感情や感覚を他人も同じように持っていると想像して他者を推し量るわけであるから、自分自身の感情や感覚の鏡像として他者やら世界を見ている部分はあるだろう。
例えば、他人を全く信用しない人間は自分も他人から全く信用されないだろうと思うし、誰でも好きになる人は誰でもが自分を好きになるだろうと想像するから、その人の性格によって世界や他者は全く違うものとして捉えられがちである。
しかしながらこういった余りにシンプルな他者や世界認識は明らかに破綻してくるので、他人との感覚やら感情やらとのズレにいろいろな修正を加えて判断を行う事になるわけである。
一方で、過去に自分の中にあったけど今はもう無いものを他者の中に見つけることの簡単さに比べ、自分の中に最初から全く存在しなかった感情や感覚を他人の中にあると予想するのはとても困難である。それは深い知性と広い想像力をもってしかなされえないだろう。余りに人間的な不完全性から超越的な完全性を志向するにはその道しかないのではないかと思う。
って、最近パスカル読んでるから、なんか考えの筋道の作り方までパスカルっぽくなってきたような気がする…

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