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2014年10月25日

中田考 イスラーム書籍2冊/真の意味でのイスラーム原理主義者の声を聞け

以前からイスラーム学の第一人者として有名だったけど、最近イスラム国に渡ろうとした日本人学生の仲介役として一気に有名になった感のある中田考氏のイスラーム関係書籍を2冊読んだ。
『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』(講談社選書メチエ)
『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』 (集英社新書)である。

大学時代に井筒俊彦『イスラーム思想史』を副読本にしてイスラム教学の授業を聴講して、一般化されていたイスラム教とイスラム世界とイメージとのギャップに余りにも驚き、
自国の文明を発展させながら戦争したり外交したりする「エイジ オブ エンパイア2」なるゲームをプレイして、カトリック諸国の十字軍がいかに無茶苦茶で残虐かというのをサラセンのサラディンの立場で思い知ったことがあった。

とはいえ、それらのイスラム教に関する知識やゲームは西洋的な学問体系や方式だったり西洋的な価値を基準にしてイスラームを眺めたり相対化したものであったわけであるけど、
この『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』はムスリムである中田考氏がムスリムとしてイスラームを見、そして西洋世界を見るという視点と方法論で書かれている。
例えば、現代では自明で当然のものと認識されている国民国家やら国境やら貨幣制度といったものがそもそもイスラーム的ではない西洋的帝国主義の弊害だと言うことになる。
イスラームは現代の殆どの宗教がそうであるような政教分離や世俗主義とは全く違ったスタンスを取り、日常生活から政治機構、交戦協定から民事訴訟までありとあらゆる人間の生活と人間同士のかかわりについての基準と価値と方法論を提供する、真の意味での包括的な原理でもある。

この一般書籍での彼の主著のような扱いである『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』は本当の意味での「イスラーム原理主義」の理想を書いた本であるといえるように思う。
現在「イスラム原理主義」なる単語の一般イメージは「凶悪なテロリスト」というイメージに固定されているような気がするが、この本からすれば殆どのイスラーム国家や組織は真の「イスラーム原理主義」から程遠いところにあると言えることになる。

そしてもう一冊の『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』は人気者内田樹氏との対談で、内田樹氏の大抵の本がそうであるように楽しく読みやすく、イスラームに関する予備知識がほぼゼロでも読めるのじゃないだろうか?
これも先に上げた本と同じでムスリムである中田考氏から見たイスラームとイスラーム世界の話がメインである。

私自身は何かの特定の宗教の枠の中にはいないけど、私の周りには特定の仏教やキリスト教、例えば浄土真宗やカトリックを信仰する人がいるし、敬意をもって熱心なユダヤ教徒やムスリムの本を読むこともある。
そしてそんな特定の宗教を信仰する彼らの話を聞いていると、例えば、一番理想的な仏教徒の姿から史上最悪だった時代のキリスト教の姿を批判したり、理想的なカトリックの立場から理解が少ないまま仏教の物足りなさを指摘してみたり、原理主義的なイスラームの考え方から例外的に攻撃的なユダヤ教を否定したりすることが多いような気がする。

私は常々知や学問といったものは人間のあらゆる偏見や対立や悪意や攻撃性を克服する最も穏健な方法のひとつであると思っているのだが、自分と立場の違う人たちを外から理解しようとして観察していても全くわからなかったことが、中にいる人と話したらすんなり腑に落ちたということは本当に多い。

そして、この二冊の本も外から見ているだけでは、報道を聞いているだけでは決してい理解できない、熱心なムスリムの声を聴くことの出来る貴重な本のひとつであるような気がする。

  

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