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2018年2月10日

意味を考えない意味、理由を求めない理由

2017年中、このブログにエントリを二つしか書いていないことに今更ながら驚いた。
いやもうこのブログを残しておく意味なんかないんじゃないか?と思わないでもないけど、人間意味を考えた時点で足が止まる事は私も知っている。
「生きている理由」やら「実存の意味」やら「レーゾンデートル」などというものに関わらず「書かないブログを残しておく意味」なんぞについても、ふと考え込んでしまうといろいろ色とこじらせてややこしい事になってしまうのだ。
ということで、とりあえずこのブログは消すこともないしそっ閉じ…
というのも何なので今これを書いている。

人は自分のなれないものについては夢見ることすらしないというけど、最近よく思うのは、それを逆にした言い方「夢見る時点で何かしらの可能性がある」ということだ。
このブログを書き始めるずっと昔、この業界に入り始めた若いころに心の中で思い描いていた状況、こういう立場でこのくらいの収入があればええやろうなぁ。という状況に自分がなりつつあり、何かしら一つの到達点をクリアしたような感覚がある。
もちろん同じ業界やったり同じ年齢くらいの人間と比べれば全く大したことはないけど、また逆にそれくらいしか思い描けなかった事が自らの可能性を小さくしてしまっていたと言えないこともないけど、それでも、若き自分がぼんやりと思い描いた姿に自分自身がなっているというのはそこはかとなく嬉しいものだ。
他人と比べる相対評価ではなく、自分自身で自分を見た絶対的な基準でもって自分自身を評価できるというのは嬉しいものだ。
と、なんか胡散臭い自己啓発的な何ぞみたいな語彙が出てきたのでとりあえずこの話はここまで。

思えばブログにほとんど何も書かなかった期間に色々なことがあったし、私を取り巻く環境や私自身の嗜好も結構変わった。
本を前ほど読まなくなった代わりに良く旅行に行くようになった。一昨年なんか3回も沖縄に行った。
昔はなんとなく好きじゃなかった東京が何度も遊びに行くうちに大好きになり、住みたいと思うほどになり、それならと、通販会社を隠れ蓑にしてITの各分野の先端を突っ走るグローバル企業で働く友人にうちの東京の求人に応募してみないかと誘われたりもした。

今私は結構いろいろなことを夢見ている。数年前までは全く思い描きもしなかったことだ。
先に書いた話からすれば、それは全くの実現不可能なものではない。ということになる。
いつかそうなるといいな。

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