PHP Ethics

仕事で最初から一人で作って、すでに動作しているwebDBシステムやけど、右も左もわからない状態から開発を初めたので「何じゃこりゃ?」というコードが満載である。
俺流コーディングで動けばええやんと言う事で思うがまま思いつくままに任せて書き散らして来たので激しく可読性が低い。
しかも最近は開発当初と比べて想像以上に大掛かりなシステムへと発展してゆく方向も見据えた上で、バージョンアップと言う名の仕様変更をしてゆく必要性が出て来たので、その度ごとにコードを読むだけでもう大変なのである。「動けばいい」コードの限界で破綻する先がはっきりと見えてきた。
ということでこれからはPHPではメジャーな規格でもある「Zend Framework PHP 標準コーディング規約」と「PEAR 標準コーディング規約」を遵守してコードを書こうと強く思う。よーしパパ参照渡しもがんがん使っちゃうぞー。ってなもんである。
しかしながらこの二つの規約をよくよく読んでいるうちに自分のコードの一貫性と思想の無さに余りにも悲しくなってきたので、もうこの規約に基づいて書き直したくなって来た。
更に、ロジックとプレゼンテーションの分離の原則ってのがあるけど、今まではそれをプレゼンテーション側に解釈して、テンプレートエンジンのSmarty内で全くループを使わなかった。
これはプレゼンテーション側の可読性はよくなるけど、ロジック側の見通しが激しく悪くなっている事に今更ながら気づいた。
Smartyに配列を渡してループさせる方法を調べて見ると、なんやこれ簡単で見やすいやん。最初から使っとけば良かった。
もうこんな事を知ってしまったら今までのコードなんか不細工すぎて辛抱ならん。もう絶対書き直してやる。


「PHPは駄目な言語」やとか「そもそもPHPは言語なのか?」とまで言われているけど、プログラミング畑にいない私でもそれなりに動くコードが書ける言語仕様はとてもありがたいのである。しかしながらプログラミング畑にいないが故に俺流コーディングで突っ走り、今更ながら壁に突き当たり、プログラミングの世界では常識であるはずのコーディング規約の必要性が身に染みてわかった。
車輪の再発明と言うよりは、モラルと法の必要性の発見といった感覚である。
身近な先達がいなければ、その世界で自明であたりまえのものすら自ら再発明して再発見する必要あるという事だろうか。
徒労とは言いたく無いけど、一人荒野を歩くのは大変である。全くやれやれである。
昔から、なんでも一人でしようとする。人に手伝ってもらおうとしない。と言われる事が多い。
別に一人で生きて来たつもりなんか無いし、人に手伝ってもらうのが我慢ならんというわけでも無いし、意識してそうしているというよりは、そういう状態に慣れ切ってしまっていると言ったほうが良いと思う。確かに一人でやってしまうのが一番早くて簡単な事などいくらでもある。
しかしまた一方で、最近はそんな自分の何でも一人でやろうとするありかたに限界を感じつつもある。本当に一人で出来ない事と対峙してしまえば確実に破綻してしまうだろう。
なんだか「共闘」の必要性を最近特に感じるのであった。

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