葉ですら中々出ない

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家の野菜も育ってきた。
今のところ害虫も病気もなし。
天気が良かったが一日家でだらだら。
夕方から誘われたので出かけ、ひたすら喋って夜中に帰ってきた。


自分自身が自分をこうであると確信してるのにもかかわらず他人には逆に思われていたり、ある人は自分を指してこうであると言っても、また別の人は全くこうではないと言ったりする。
それは見方の違いであったり、見る場所の違いであったり、見えるものの違いであったりするわけやけど、それはどれか一つのみが正しいと言うわけではなく、一つの存在の多様性という風に捉えた方が良いように思う。
シンプルなことをややこしくする必要は無いけど、混沌としか形をとりえないものを無理に分りやすくすしてしまえば意味も価値も無くなってしまうことがあるだろう。
もちろん、何かがどちらに属すべきなのかなのかちゃんと判断できるはずも無いので、
結局、納得できるか出来ないか、面白いかそうでないか、美しいかそうでないかを自分の基準で図るしかないし、結局ぶつかり合うのは正義でも論理でもなく、個人の価値ということになる。
判断保留の立場をとる事も可能だけど、一般的にそれはかなり難しい事でもある。
概念でも実態でも、何か自分に扱え、何を扱うべきなのか。
そしてそれがどんな価値をもたらすのか。そんなことは試みてみるまでは絶対判らないと思った。
とここまで一般化して言ってしまえば、いったい何を指してるのかサッパリわからんけど、何にでも当てはまってしまいそうで、何かを言っているようで結局何も意っていないようにも見え、言葉って怖い。

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