風邪をひく、一日目/ロード・オブ・ザ・ボトリング/ボトル記念日
先日久しぶりに寝込むほどの風邪を引いた。
出勤時にこれはちょっとしんどいかな?もしかして風邪?という感じだったのだが、金曜日だったので次の日休みやしちょっと無理すれば大丈夫だろうという事で出勤した。
しかし働いているうちにどんどん体調が悪くなって来た。職場でも同じような症状の人が沢山いて、内線で「うがぐふげご」と咳き込みながら会話する様はなんだかベタなコントのようであった。
風邪の時は葛根湯を飲んで水分とビタミンCを過剰摂取して沢山汗をかいて寝てれば治る。という事を殆ど迷信のように信じ込んでいる私であるので、仕事中もひたすらレモン50個分のビタミンCが入っているという清涼飲料水を「逆に一度にレモン50個も食べたら絶対体に悪いわ!」と突っ込みながら飲みまくる。一体私は仕事中にレモン幾つ分のビタミンCを摂取したのだろう?
とりあえず何とか一日働き、本日開催予定であった某氏との「人が少ないのになぜか潰れない店でトンカツや定食を食べる月例会」を泣く泣く延期して、ドラッグストアで葛根湯と水分補給の為にアクエリアスの2リットルペットボトルを買って帰る。
風呂は体力を使う上に湯冷めのリスクもあるので、本来なら風邪に良くない。しかし風呂好きの私は風呂に入る事だけは絶対外せないのだ。
葛根湯を飲み、風呂に入りながらペットボトルのアクエリアスを湯船で温めてごくごくと飲む。
冷たいものを沢山飲めば水分以前にお腹を壊してしまうので温める必要があるのだ。
湯船にアクエリアスと一緒に浸かりながらひたすら飲みまくる。
ほぼ体温近くまで暖められたアクエリアスは味はともかくお腹に優しくのでいくらでも飲める。気がつけば1リットル以上は飲んでいた。
風呂から上がり、生姜湯だの緑茶だの花梨シロップだのヨーグルトだの、体によさそうでかつ風邪にも効きそうなものを手当たり次第にこれでもかと飲み、枕元にペットボトルを置いて布団にもぐりこむ。
いつもなら睡魔が襲ってくるくらいで汗をかき始めるのだが今回の風邪は何故か汗が出ない。
その代わりやたらと尿意が…朝から水分を取りすぎたせいか、ほぼ10分おきくらいにトイレに行きたくなる。
トイレに行きたくなるたびに布団から出て階段を下りてスリッパを履いてトイレに向かう、というのを何度も繰り返しているとそれがだんだん苦痛になってくる。
トイレに行って帰ってきてアクエリアスを一口飲んで布団にもぐりこみ、睡魔が訪れたと思ったら尿意も一緒に襲ってくる…
もうこれは尿意どころの騒ぎではない、これは尿魔だ。尿意で人を脅かす悪魔、新ジャンル尿魔だ!
睡眠を妨害され、そして弱った体を引きずってトイレに向かう。ということを何時間も10分おきくらいに繰り返し、尿魔に襲われ続けているとだんだん色々な事に対して腹が立ってくる上に、風邪で意識が朦朧として正常な判断が出来なくなるのだろう。
もう何度目か分からない尿魔に急襲されて目を覚ますと、風邪で朦朧としてぼんやりとした意識と視界の中に枕元にある飲み干されて空になったアクエリアスの2リットルペットボトルが映る…ゴクリ…
人がその人生の中で、越えてはいけない一線を踏み越え、越えてはいけない壁を越えてしまう状況というのは以外にあっさりと訪れるものである。
極限状態まで追い詰められて已むに已まれず、というのでもなく、その瞬間は不意に前後の脈絡無く突然に日常を襲うのだ。
そしてまた、その一線を踏み越え、壁を越えてしまうのに確固とした強い決意があるわけでもない。
ただ「まんどくせ~まぁいいかwww」程度のあまりに軽いノリで、人は今までその人生で積み上げて貫き通していたものをほんの一瞬でこれほどまでに簡単に崩し覆してしまうのだ。
ひきこもラー、ネトゲ廃人、などの様々な強大な戦闘力を持つジョブの中でも最も上位に君臨するクラスや階級に共通するアビリティは「ボトリング」である。
「ボトリング」を行う「ボトラー」と呼ばれる存在は、いろいろなジョブの中でも最高位を示す称号でもある。
つまり、ボトリングというアビリティを持つボトラーになるという事は、ある意味ではただのナイトが光り輝くパラディンとなる事と同義でもあるのだ。
さっきまであれほどの脅威であった尿魔などもうすでに全く意に介していない自分に気付く。
そう。ボトラーにとって尿魔など恐れるに足らぬ存在なのだ。
自分の踏み越えた一線の深さと乗り越えた壁の高さに驚きつつ、いつの間にか自分が立っている至高の高みに眩暈がしそうであった。
「ボトラー」の持つアビリティを駆使して尿魔に勝利した私はぐっすり眠った。
しかし、「ボトリング」なるアビリティは己に強力で全能的な力を与える代わりに、自らの精神を蝕み「何もかもがどうでも良くなる」作用を持っている。いわゆる「フォースの暗黒面に堕ちる」という現象である。
ひと時「ボトラー」となる事は比較的簡単で誰にでも起こりうる事である。(そうか?)
しかしそれに引き換え常に「ボトラー」であり続ける事は、闇の力に飲み込まれない暗黒騎士のような、或いは己の力に溺れないようよく訓練されたジェダイのような、相当の精神力が必要である。
真夜中にふと目を覚ました私はそのことに気付き、「ボトリング」のアビリティを封印し「ボトラー」の称号を辞退することを決意した。
その為にこっそり起き出して、家族と世界が寝静まったのを確認し、絶対に気付かれないように、強烈に明るいシュアファイアではなく暗いソリテールを最も狭いスポットに絞った最低限の光量だけをたよりに、こっそりボトルの中身をトイレに捨てるためにスネークする。
風邪でふらつく足元と暗い視界で足音と気配を殺しながら歩くトイレまでの道のりは、健康状態にある時とは全く違う険しさである。まさにロード・オブ・ザ・ボトリングである。
そして、やっとたどりついたトイレで、これが最初で最後のボトリングであることを願いつつ、全てを水に流すのであった。
私はミナミたんタナゴ君ドジョウ君の水槽の水換えに使うために2リットルのペットボトルを備蓄している。
ボトルの中身をトイレに廃棄する任務を完了し、ノーライフ ノット ノーボトリングを誓った後、無意識に洗面所でペットボトルを洗おうとする自分に気付き、「まてまてーこれは絶対使い回したあかんてー」と突っ込みつつ、それでも水でゆすいでこっそり踏み潰して証拠を隠滅した。
これで誰も私がボトラーとなった事を知るものはいなくなった。
私は人知れずボトラーになり、そして人知れずボトラーであった過去を封印するはずであった。
しかし、余りにも自分の行動が可笑しかったので、ネタとしてここに書かずにはいられなかった…
ちょっとした人間の尊厳よりも、ネタを選択してしまう自分に呆れつつも、
「人としてどうやねん?」と私が思ったから、1月21日はボトル記念日。
って、そんなこと言うたら俵万智と1月21日が誕生日や結婚記念日の人に全力で怒られるで。