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2018年3月5日

ヒトが求めるもの グイン・サーガと物語と利己的な遺伝子

ここ2年くらい前から新刊が出ているのにあまり読む気にならずスルーしていた『グイン・サーガ』なる小説を先日再び読み始めた。

この『グイン・サーガ』なる小説は当時はそんな区分もなかったけど、今で言えばヒロイック・ファンタジーとライトノベルをあわせたようなジャンルになるであろう、1979年に第一巻が出版されてから現在に至るまで142+26巻以上からなる世界でも類を見ない長大なシリーズとして続いている。

私がこの『グイン・サーガ』なる物語を読み始めたのはちょうど30年位前の中学から高校の間くらいで、年をとるにつれて読む本の傾向が全く変わってしまってもこの『グイン・サーガ』だけはなぜかずっと読み続けてきた。
私が思春期の頃からオッサンになるまでこの『グイン・サーガ』の世界は私が実際に所属する現実世界とはまた別に存在する平行世界であり、その平行世界の国々の歴史は私の現実世界の歴史と密接にリンクし、その世界に住まう人々に対してある意味で現実世界の人々以上の親近感を抱いていたのだ。
私がこのシリーズを読み始めた高校に入ろうとする頃、グインは自らの信ずる正義のために命令を無視してケイロニアの軍籍を抜け単独でユラニアに進撃し、私が大学生として遊びまくっていた頃、モンゴール救国の英雄として将軍となったイシュトヴァーンはそのユラニアを含むゴーラ3国を統合しようと暴走を始め、私が働き始めた頃には、パロ王レムスとクリスタル公アルド・ナリスの確執はクーデターとなりパロの内戦に発展しようとしていた。
そして、今から10年ほど前、今思えば私にとても大きな影響を与えたとても大事だった人が去っていった頃、グインはアモンを追放しパロを救うことで記憶を失い、モンゴール大公アムネリスの侍女であったフロリーはイシュトヴァーンの息子を彼の父親の名をその胸の中に秘めたまま生み育てていた。
そんな、物語の次世代の登場人物が徐々に出てきつつあるその頃に作者である栗本薫が逝去する。
それによってそんな物語はすべて途中で中断し、その平行世界が時間が止まる形で終わってしまったことで、当時の私は結構なショックを受けた。
それまで数十年続けて来た、少なくとも数ヶ月に一度は出ていた新刊を夕方に買って帰ってほとんど徹夜で一気読みするという習慣がなくなった。
思えば、本好きなら誰もが体験するであろう、徹夜で物語に没頭した後に現実世界に戻ってきた時の、寝不足と疲労でフラフラする、物語世界と現実世界のリアリティーが逆転したような状態の頭にアドレナリンが駆け巡るような、覚醒と疲労と離人感が入り混じったあのふわふわしたような感覚の心地良さを『グイン・サーガ』が一番多く与えてくれたのだ。
そんな風に本を読む日も殆どなくなり、この何十年もずっと同じ場所で徐々にその数を増やしてきて本棚の結構な量を占めていた、もう増えることのない150冊ほどになる全巻を思い切って処分した。
栗本薫が逝去してから今までのその背表紙の群れを目につくたびにかすかに芽生えるちょっとした寂しさのような感覚を覚える事もなくなり、代わりにぽっかりと開いた本棚の空間からちょっとした欠落感のようなもの感じながらも、その隙間が新しい別の本に埋められてゆくにつれ、人生の殆どの時間を奪われ縛り付けられていた物語世界から脱して開放されてゆくような感覚も抱きつつあった、というか、単純に言えばグイン・サーガが更新されることのない世界に慣れてしまったのだ。
そして今から5年前、更新されることのないままに終わったはずの『グイン・サーガ』の最後の巻が出て5年後、もうほとんど『グイン・サーガ』の呪縛から脱していたと言っても良い頃、私と同じように『グイン・サーガ』の熱心な読者でもあり、また著者栗本薫の門下生でもあった二人「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる二人の作家が終了したはずの『グイン・サーガ』を交代で書き続けることが決定し、栗本薫の版権を管理する会社から新刊が発売される事になった。

栗本薫自身も自分が生きているうちにこの小説を完結させることは出来ないと思っていたようで、自他ともに認める「憑依型作家」である彼女らしく、栗本薫自身が『グイン・サーガ』なる物語は、著者の私自身の意図と関係なく著者を経由して自立的に物語られてゆくもので、私自身も私の書いた物語の読者であり、私だけの物語ではない。というような意味の事を生前に常々言っており、自分の死後には誰かに続きを書いて欲しいと言うことを言っていたけど、本当にそうなってしまった。
長期連載していたマンガやら小説やらが作者の逝去によって中断することは多々あるけど、他の誰かが続きを引き継ぐという事はそんなにあることでないと思う。

栗本薫という著者の逝去により終わったはずの『グイン・サーガ』の新刊が別の作者によって再び書かれて出版される事になるのを知って、墓を暴いてその遺産を掘り出すような、死者を蘇らせてその口から語らせるような、そんな、禁忌に触れるようななんとなく不吉な感じがしたのだ。

映画『惑星ソラリス』で主人公の心理学者のクリスの目の前に過去に死んだはずの恋人が現れ、現実の恋人ではありえないはずなのに彼女をその恋人として扱わざるを得なかったように、もう諦めて吹っ切って納得して解決していた筈の事でも、実際に目にするとそんな違和感や決意は一瞬で吹き飛んで昔に戻ってしまう。

実際に決して目にする筈のなかった新刊を目にすると、当初感じた違和感のようなものや呪縛から逃れた開放感のようなものは一瞬で消えて読まずにはいられなかったし、昔と同じようにすべてを忘れて一気読みした。
読み終わった後の昔と同じような覚醒と疲労と離人感が入り混じったふわふわ感を感じつつも、一方で開放されたと思っていた世界に再び囚われるような怖さのようなものも感じた。

村上春樹が著作に関しての批判や指摘を華麗にスルーする時によく使う得意技でもある一般的な言説に、「著作と著者は完全に独立している。」というのがある。
そういう意味から言えば『グイン・サーガ』と栗本薫は完全に独立しており『グイン・サーガ』が栗本薫以外の著者によって書かれるのは何らおかしいことではないはずである。
とは言え、いくら同じ物語でも著者が変わればそれなりの明らかな違いを感じそうなものだけど、実際に栗本薫ではない誰かによって物語られる『グイン・サーガ』は私には驚くほどに全く違和感も齟齬も何もなく感じられた。
そもそも今まで『グイン・サーガ』に栗本薫が書いているとかその他の誰かが書いているとかそういった著者の存在を感じていたのかすら疑問になるほどに不思議な感覚だった。新しい著者を得た『グイン・サーガ』が作者の死とそれによる5年の物語の停滞を全く感じさせず何事もなかったのように語られ始める様に触れるのは、同時に何かとんでもないものの一端に触れるようでもあった。

それは一時その動きを止めていた『グイン・サーガ』なる物語が「栗本薫」という宿主から這い出て、新たな「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる宿主を選び、読者と著者を取り込んで再び成長を始めたかのようでもあった。「物語」の持つ怖さと生命力のようなのようなものを当時は感じたのだった。

そんな感じで五年前に再び『グイン・サーガ』の新刊を追うことになったけど、ここ二年ほどの新刊は全く読んでいなかった。

ということを冒頭に書いたけど、そもそもこの二年、『グイン・サーガ』にかぎらず殆ど小説を読まず「物語」に触れる機会は全くと言っていいほど無かった。読んだとしても過去に何度も読み返したものを何となく昔を懐かしむように少し読むくらいだった。
考えてみれば物語を一切を求めなくなるに足る根本的な原因がその二年前に確かにあったといえばあったような気がしないでもないけど、時が経ったからか何なのかわからないけど、とにかく最近久しぶりにふと小説が読みたくなり、そういえばと思いついてこの2年間で出ていた3冊の『グイン・サーガ』の新刊を昔のようにフラフラになりながら一気読みしたのだ。

「物語」そのものからしばらく離れていた私が新しい『グイン・サーガ』に触れて、久しぶりに感じた圧倒的な力を持つ「物語」に対する見方はまた新しいものだった。

『グイン・サーガ』なる物語が最初の著者である栗本薫によって世界に広まり、著者の死後はその読者であった「五代ゆう」と「宵野ゆめ」がその物語を引き継いで世界に広め始めた事実は、よく見ればいわゆる「神話」と呼ばれる物語と全く同じ構造をしている。
一つの体系に属する「神話」を構成する様々な「物語」は様々な話者や著者によって時には内に事実的な矛盾や破綻を含みながらも一つの神話体系を形作り「物語」として語り継がれてゆく。
考えてみれば神話に限らず人間の生み出すあらゆるものは「物語」で記述することのできるのではないか?

世界、国家、歴史、宗教それらすべては典型的な一つの世界に関する「物語」であるし。科学技術やテクノロジーもまた一つの物語にによる世界解釈でありそこから生み出される何者かであるといえる。

世界に存在する様々な「物語」はまるで遺伝子のように「ヒト」に語られることによって広がり受け継がれてゆく。
遺伝子がその乗り物である生物の上で利己的にふるまうように見えるのと同じように「物語」もまたその乗り物である人の上で利己的にふるまうように見える。
親が子を守るように、また生物が赤の他人よりも血縁関係のある個体を優先するように、あるいはまた働きバチが子孫を残さずに女王バチにその命をささげ尽くして子を産ませることで、自らが子を産むよりも多くの共通遺伝子を残すことになるように、人はその歴史の中で自らの属する、宗教、政治、あるいは科学の物語に自らの全てを捧げ自らの命を失ってまで物語を守り、自分より多く広くその物語を伝えることのできる人のために命を捨ててきた。

生物としてのヒトが求める根本的な欲求ではなく、人間としての人が求める快楽や安心や刺激の殆どは考えてみれば何かしらの「物語」の構成要素に見える。
考えてみれば、自分の過去現在未来の姿、自分が何者でどうありどうありたいか。それらは一つの「物語」であるし、自分の苦悩、悩み、問題そういった諸々に一つの救いや解消や解決が得られるというのはある一つの自らの望む「物語」によって一つの意味や解釈が与えられることであるとも言える。
そして人間が抱く欲望も何かしらの「物語」そのものではないのか。
地位、名誉、富、快楽、安心、愛、健康、社会的使命、等々、一般的に人が求めると言われるであろうそれらを求めて手に入れることは一つの物語に自分をおくことであるし、また、それらを求めずにまた別の道をゆくのも一つの物語である。
人間としての人の欲望の形は実に様々だけど、結局のところ求めるものを突き詰めてみればある一つの自分を貫く「物語」に収束するのではないだろうか。

利己的な遺伝子論は、それまで漠然とそうであると思われていた生物の根源的な欲求としての「自己保存」とそれに基づく「本能」が副次的なものに過ぎず、生物の自己保存を含む欲求のすべてが「遺伝子の保存」を目的とした要請に基づくもので、生物の個体自体はただの遺伝子の乗り物にすぎないとして、科学分野だけでなくその後の世界の生物観や生命観を大きく変えたといわれる。
生物にとっての遺伝子と自己保存と本能との関係がそうであるように、人間にとって一番最優先されるのはその物語で、自己保存とか欲望とか言ったものはその物語の副次的なものに過ぎないとすれば、また、利己的な遺伝子論と同じように人が「物語」をその中に持つというよりもむしろ、「物語」を保存し広め更新し生み出してゆくための乗り物にすぎないととすれば、利己的な遺伝子論前後の生物や生命に対する見方がを一変させたように、人が自らの生命や生きることそのものに対する見方も少しは変わるかもしれない。

思えば、私はずっと自分が何を求めているのかよく分からなかった。
一般的な意味でよく言われる、自分がこれからどうなるのか、どうなりたいのかといったヴィジョンのようなものもまったく持っていなかった。
アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉は大好きだけど、自分に関しての発明すべき未来を思いつくことはできなかった。

今でも自分が何を求めているのかは分からないし、自分がこれからどうなりたいのか、また発明したい未来というようなヴィジョンも相変わらずまったく持っていない。
それでも、今までの欲望ベースで「自分は何を求めているのか」や「自分はこれからどうなりたいのか」などと言わずに「自分はどんな物語を求めているのか」「自分はこれからどのような物語に身を置きたいのか」と問うような、物語を基礎とする視点で自らを見るとその見通しはだいぶクリアに像を結ぶような気がする。

人間はほの暗い「欲望」よって突き動かされて、自らが欲しいものもよく分からないままに求め続ける存在である。ととらえるよりも、人間は自らに埋め込まれた物語を求めそれを完成させて広めるために突き動かされている。ととらえる方が世界はより楽しく見えるような気がする。

それは利己的な遺伝子論がそれまでの生物観を一変させたように、今までの『不思議の国のアリス』的なカラフルで牧歌的な世界が、突如ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』的なくすんだサイバーパンクな世界に変容するほどの楽しさはあるかもしれない。

2017年10月27日

『深い河』の『リバーズ・エッジ』

今年の夏に初めて遠藤周作の『深い河』を読んだ。
大雑把に言えば様々な人生の重みやら苦悩やらなんやらを抱え込んだ主人公たちがそれぞれのテーマを抱いてインドへのツアーに参加し、清濁が混ざり合い混沌としたインドやらガンジスやらヒンズーやらに身を置くことで、人間とか生とか死とか愛とかいったような、いわゆる宗教的、哲学的と呼ばれるようなテーマに向かい合う様を描く物語ということになろうか。
確固とした文芸的ポジションを持つ重厚な文学作品であり、典型的なインドものでありロードムービーであり(映画じゃないけど)、そういう視点での感想のようなものはネットにいくらでもあるのでここでは書かない。

私がこの『深い河』を読むことで書こうと思ったのは、遠藤周作についてでもキリスト教についてでもなく岡崎京子についてである。

『深い河』の主人公たちは深い業を背負ったと自認しインドに旅することで自分と向かい合い人生やら業やらについて思いを巡らせ、そういったテーマで物語が進んで行くわけであるけど、主人公たちのツアーバスには汚いものやアジアが嫌いでヨーロッパやキラキラしたものが好きそうな、明らかにインドに来たことを後悔している三條夫婦なるものが同乗する。
主人公たちがヴァーラーナシーやらガンジスの風景と人々に心奪われる中、三條夫婦は暑いだの汚いだの臭いだのと文句を言いまくり、主人公たちがインドに向ける眼差しともテーマとも全く相容れない三條夫婦が、インドとインドに魅入られた主人公たちに生理的拒否反応を示して読者からのヘイトを集めることで、主人公たちの苦悩的特殊性やら文学的正当性を引きた立たせている。
主人公たちの「哲学的」な苦悩が「マス」代表である三條夫婦に理解されないところまで含めて典型的な「文学的」フォーマットといえるだろうし、実際に物語は最初から最後までそういったトーンで進む。

いわゆる「文学」が描いてきたのはこういった主人公の視点であり物語であった。
しかし、岡崎京子は三條夫婦のような、文学的には無価値とされるキャラクターの視点から同じ風景とテーマを描いたのだ。
今までの文学が深く苦悩する主人公たちが世界の闇と真正面から向き合うものだとしたら、岡崎京子の描く物語は世界の歪みや闇に飲み込まれつつも苦悩とは無縁にサバイバルするミーハーとかスイーツとかモブとかマスとか呼ばれる人々の物語である。

岡崎京子の描く物語世界でも依然として世界は『深い河』の世界と同じように業と生と死と愛に満ちた世界である。
そして登場人物たちも同じように怒ったり泣いたり笑ったり混乱しつつも、文学的苦悩とはまた違う方向性で生き延びようとする。
『深い河』の主人公たちが岡崎京子世界の主人公のような「三條夫婦」と対比させられることでよりその影と深さを際立たせたように、岡崎京子世界の主人公たちは彼らの住む日の当たる明るい世界で自分が何にに苛まれているのかすら無自覚にもがき苦しむことで、実はその世界の地下に根を張っている闇と影とその暗いあり方を示唆しているように思えるのだ。

岡崎京子は「マンガは文学になったと」評された『pink』をオッサン向け情報誌である『平凡パンチ』に、岡崎マンガの代表作である『リバーズ・エッジ』を女性向けファッション誌である『月刊CUTiE』に連載していた。
決して『深い河』やら『シーシューポスの神話』やら『夜と霧』やら『塩狩峠』やらを読むタイプの人に向けて描いてはいなかった。
岡崎京子世界がただチャラくて軽くてスイーツな登場人物が登場する物語で終わらないのは、彼らを通して語られる世界が人生と人間の深部にダイレクトに触れているからだ。
岡崎京子世界の登場人物は典型的な文学作品のように生老病死に苦悩したり哲学的問いで思い詰めたりしないし、よくある人気漫画のようにスポーツやら芸術やら何かしらの道に打ち込んだり、自らの出生やら運命やら世界征服を企む敵やら世界の破滅と戦ったりなどしないし、愛やら恋やら運命の人やらと出会うことで救われたりもしない。
そもそも何かについて考えたり何かに熱中したり何かを目指して努力することもなく、ただ訳の分からない不安や違和感に苛まれ続け、時に降って沸いたような破滅に巻き込まれたりする、「哲学・文学・宗教」あるいは「友情・努力・勝利」あるいは「愛・恋・運命」と無縁の我々同じ圧倒的大多数の「モブ」のうちの一人である。

岡崎京子の描くのは「深い河」そのものではなく、その縁で生きざるを得ない圧倒的大多数の人の世界である『リバーズ・エッジ』である。
岡崎京子世界は『深い河』の『リバーズ・エッジ』なのだ!

と、これが言いたかっただけ。

岡崎京子についてのそのほかのエントリはこちら
岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

2016年8月23日

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

伊丹市立美術館で開催されている「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」に行ってきた。

結構マイナーな展覧会らしくあまり情報がなく、この春に世田谷文学館で開催されてから、夏に私の行った伊丹市立美術館と冬に福岡県で開催されるだけであるようである。

この展覧会では岡崎京子がまだ子供時代だった頃に戯れに描いたイラストから、学生時代に掲載された作品に始まり、書籍化されている代表作の原画だけではなく、単行本化されていない原稿やファッション誌から情報誌からサブカル誌からロリコン漫画誌までありとあらゆるメディアに載ったマンガや文章といったものも展示されていてその情報量は膨大だった。
岡崎京子の生い立ちから作品群やその時代背景や解釈や文化的ポジションまでを網羅する、岡崎京子を知らない人にも楽しめるような構成でありつつも、ごく最近に出た数冊を除いて岡崎京子の書籍化されたほぼすべての作品を読んだ私のような密かな岡崎京子ファンにも十分満足できる良い企画展だった。

展覧会そのものは大きく4セクションに分けての展示がなされており、それぞれ、
SCENE1が「東京ガールズ、ブラボー!!」
SCENE2が「愛と資本主義」
SCENE3が「平坦な戦場」
そしてSCENE4が「女のケモノ道」
というテーマになっている。
一見時系列で彼女の作品群を区切ってテーマ分けしているように見えて、実は発表された時代ではなく内容によって区切られおり、なるほど見事な起承転結のこのテーマ区分とセクション分けそのものが一つの岡崎京子解釈だなぁという気がする。
サブタイトルとなっている「戦場のガールズ・ライフ」、これこそを岡崎京子が描こうとしていたものとして見るスタンスだな。

SCENE1でブランドや飲食店や音楽などの固有名詞が飛びかう会話を交わしながら軽く生き抜く様を描く『東京ガールズ、ブラボー!!』で情報過多で欲望に翻弄される都市生活を営む少女の日常を描き、
SCENE2と同じ「愛と資本主義」がテーマの「マンガが文学になった」とまで言われた『pink』で描かれる、食費のかかるワニを買い、大好きなピンク色のものを買い漁るために昼はOL夜はホテトル嬢という生活を楽しく営む女子は、資本主義社会に属しながらも何処か違う形で組み込まれることでささやかな違和感を表現しているように見える。
SCENE3ではバブル経済が崩壊した不穏な社会情勢の中で、ゲイである自分と世界に折り合いを付けることのできない少年と、過食嘔吐を繰り返しながらモデルとして活動している少女と、どこにでもいそうな平凡だけどそれなりの不安と問題と葛藤を抱え込んでいる少女の三人が河川敷に打ち捨てられた人の死体を眺めることで精神的安定を保つ様を描く『リバーズ・エッジ』を「平坦な戦場」と表現し、
そして、SCENE4ではそんな女子達が歩く「女のケモノ道」が描かれる。
全身を整形してサイボーグのように完璧なルックスでもって芸能界をサバイバルしようとする「りりこ」の物語『ヘルター・スケーター』のようなアグレッシブな路線だけでなく、
一方で時代的にはpinkと同時代に発売された、仲良し女子3人組の面白おかしく語られる会話のみが描かれる『くちびるから散弾銃』の限りなくソフトで軽い路線ももこのセクションに入っていて感心する。

岡崎漫画に登場する主人公は大抵誰も魅力的で美しいけど、そこに出てくる男性はほとんど例外なく魅力が無いと言い切ってしまっていいと思う。
彼女の描く女子は恋をしたり男を利用したりしつつも、彼女の描く物語の根本のところで男性は必要とされておらず不在であるように思える。
そういう意味で言えばこの展覧会での岡崎京子の描く「女のケモノ道」や「戦場のガールズ・ライフ」はフェミニズムのひとつのあり方であると捉えることができるかもしれない。

彼女の作品群は映画、小説、音楽、現代思想からの引用が多い。
かと言って彼女の登場する人物がそういった傾向を持つのかといえばそれは全く逆である。
登場する人物は基本的に何かに熱中することがなく、何かを創造したり何かを解決したり何かを考えたりはしない。
スポーツや創作活動や何かしらの「道」に邁進することももなく、過食嘔吐だろうがLBGTだろうが家族の不和だろうがそれらに向き合ったり折り合いをつけたりせず、それらについて深く思考する素振りすら見せない。
みんななにかしらちょっとした悩みと違和感を抱えながらも何も考えずただ消費者原理に首まで浸かり欲望のままに流されてゆくだけだ。
彼ら思考する主体ではない消費活動だけを行う登場人物から浮かび上がってくる現実のその様がリアルに感じられとても素晴らしいのだ。
ただの小難しい文学かぶれの漫画と彼女の漫画が根本的に違うのはこの部分にあるように思う。

そして彼女の作品にはその文学性に相応しい美がある。
今まであまり触れられることも言及されることもなかったけど、
ある男が好きでたまらない女子大学生がが体の関係だけでいいからとその男子に迫り、夏休みに一週間彼の性的な奴隷にまでなって結果的にフラレてしまう『私は貴兄のオモチャなの』という作品が私は大好きだ。(ちなみにこの展覧会ではこの『私は貴兄のオモチャなの』の主人公星子がステッカーになっていてとてもびっくりした。)
若いころの恋愛のあまりにも極端な形が、男性側でなく女性側の目線で描かれていることで、オッサンである私は過去に身近に接していながらも決して理解できなかった世界の一端に触れたような気になった。
最後の1日で恋人として付き合うことを諦める代わりに公園でデートして船に乗るシーンはポランスキーの「テス」を思わせるし、
そして何事もなかったように家に帰ったあとの日常の一コマを描いたこの物語の最後の方のシーンもとても美しい。

若さゆえの奇跡の美しさをただ無闇に消尽させる様はまるでバタイユではないか。
このバタイユ的な美しさこそが岡崎京子本質ではないだろうか。

ストーリーとしてはブラックで醜くて重たいものであるけど、全体としてとても軽いトーンで貫かれている。
変に問題提起も告発も暴露もせずただ淡々何も起こっていないようにすら見える。この軽やかさが岡崎京子の持ち味だ。

全てを賭けた恋に絶望的に破れ、体も心も文字通りボロボロになって生還したものの、結局何も成就されず解決されなかった物語のラストとしては、
この最後のページはあまりに軽やかだ。

岡崎京子は

「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
いつも、たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。」

と書いている。

一方でニーチェはツァラトストラにこう語らせている。

「人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである。」
「わたしは愛する、没落する者として生きるほかには、生きるすべをもたない者たちを。それはかなたを目ざして超えてゆく者だからである。わたしは愛する、大いなる軽蔑者を。かれは大いなる尊敬者であり、かなたの岸への憧れの矢であるからだ。わたしは愛する、没落し、身をささげる根拠を、わざわざ星空のかなたに求めることをせず、いつの日か大地が超人のものとなるように、大地に身をささげる者を。」

まさに岡崎京子に登場するキャラクターのことではないか。
岡崎京子作品は、ニーチェ目線でバタイユ的な美を描いているのだ!

と話が大げさになってきた所で今日のブログは終わり。
無闇に長い上に、「岡崎京子展」じゃなくって「岡崎京子」の話になったな…

ということで、展覧会後のお昼に近くで食べたパスタとピザが美味しかった。

あまりに熱中しすぎて昼前に入ったのに出てきた頃にはとっくにランチタイムが終わっている程の充実した展覧会、
「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 は9月11日(日)までだ。急げ~

 

2016年4月25日

あれから10年も、この先10年も

半年間このブログを放置していたけど、それでもずっとこのブログのことはそれなりに気にかけてはいた。
しかし気がつけばこのブログを書き始めて10年も経っていて、いったいこの10年間は何だったのだろうかとw

もうずっとブログを書くにも書こうと思う事がそれほどなかった。と思いつつも、ほぼ毎日更新していたころは何について書くかを決めてから書き始めていたのではなく、とにかく何でもいいから書き始めているうちに何かを書いていた。という感じであった。
今もそういう風に書けばいいのだろうけど、実際何かを書き始めると、色々な関係性を考慮してこれは書くべきではないなと、手が止まる事が多すぎるような気がする。
10年経ってますます、もう後戻りできないほどに内向性が増しているように思う。

最近、と言っても半年ほど前だけど、この一年ほど減っていた読書量が増え、このブログを書き始める以前に読んだ本を読み返すことが多くなった。
十年以上前に読んだ本を読み返せば当然印象も理解も変わってくるので、そのあたりを取っ掛かりにまたここに感想を書いていこう。
と、思うだけで、今日のブログは終わり。

 

2015年10月10日

猫パンチが暴力に見えないように、雑草は遷移する。

今年もノーベル残念賞だった村上春樹の初期の作品を先日から読んでおり、今は『羊をめぐる冒険』の終盤に差し掛かったところ。

村上春樹はこの『羊をめぐる冒険』の続編である『ダンス・ダンス・ダンス』あたりから失ったものやら隠されているものやらを「取り戻す物語」にシフトしてゆくような印象を私は持っており、彼がノーベル文学賞候補になるほどに評価されているのも、どちらかと言えばこの「取り戻す物語」の方向性であるように思える。

このノーベル文学賞候補としての村上春樹とあまり関わりのないようにみなされる、いわゆる初期三部作、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』は「僕」と「鼠」が20代の10年ほどのあいだの「喪失の物語」と言い切ってしまってもいいだろうと思う。
この三部作ごとに「僕」と「鼠」は色々なものを失い続けてゆき、三部作の最後で「鼠」自身の存在が失われることでその「喪失」は完成するわけである。

とは言っても、「鼠」と「僕」より遥かに年上になったせいか、昔はやたらとシンパシーを抱いたはずの彼らの「喪失」がそれほど身に染みてくる事はない。
『1973年のピンボール』で鼠の苦労に対して「もっともそれはどう眺めまわしても苦労といった類のものではなかった。メロンが野菜に見えないのと同じことだ。」って書いてあったけど、
彼らの「喪失」があまり「喪失」と呼べるほどのものに見えなくなっている自分に笑える。
村上春樹風に言えば猫パンチが暴力に見えないのと同じことだな。

ふとこのブログでこの本の感想について書いたことがあるのだろうかと思って検索してみると、2006年8月17日に該当するエントリーがあった。
内容がどうこうというよりも、それが今から9年前のエントリーであると言う事に本当にびっくりした。

この9年の自分自身の変わらなさを冷静に考えると暗澹たる気持ちになるけど、それでもそれなりに、私も成長したような気もしないでもない。
それは道端に捨てられた観葉植物が枯れ、その植木鉢に生える雑草の植物相が遷移してゆく程度のものであるかもしれないけど。

  

2015年10月7日

ポール・オースター『最後の物たちの国で』/絶望のひとつの形

かなり昔に読んで圧倒的に強烈な印象を受けて何度も読み返そうと思っていたにも拘らず、あまりにも絶望的な内容を読むのが辛くて気が乗らず、一回しか読み直していないポール・オースター『最後の物たちの国で』を久しぶりに読み返してみた。

内容は中上流階級の主人公アンナが、記者の兄が取材のために入って消息を立った国に単身乗り込むが、あらゆる秩序と未来が消えたその町で兄を探すことも帰ることも出来なくなり、野宿やら居候やらをしながら、ひたすらサバイバルしてゆく様を書簡形式で綴ったものである。

「個人」が完全に否定されてないがしろにされる絶望的な世界は実に様々な形を取りうる。
ある場合は世界秩序が根本から崩壊し、ある場合は巨大な規模の破壊的なパンデミックで、ある場合は完全な管理社会が構築される事で絶望が世界を覆う。

しかしこの物語は、北斗の拳的なヒャッハー!な世界でも、コインロッカーベイビーズのようなダチュラな世界でも、1984のようなビッグ・ブラザーな世界ともまったく違う、ジワジワ忍び寄ってくるような絶望に取り囲まれた世界が描かれる。
以前読んだ時はあまりにも現実離れした近未来的なディストピアな世界であるように感じたけど、久しぶりに読んだ今回はソマリアや南スーダンといった失敗国家のさらに進んだ形に思えた。
ポール・オースタはこの作品を「20世紀の現代の寓話」であるとみなしていたけど、21世紀の今となってみればそれはまさにすぐそこにでも起こりそうな現実的な物語なのだ。

医療、電気、水道、通信といったインフラが失われ、あらゆるものが、人から物から概念から記憶まで、道路すら瓦礫とごみに埋もれることで日々消えてゆき、警察は利権をむさぼり、産業や社会が停止して日常的な略奪、暴行、殺人に取り囲まれて全体がスラム化した街で殆どの人は路上で寝泊りして何かを拾うか盗むかしながら日々を生きている。
人は死ぬばかりで誰も生まれてこないけど、なぜか人は減らずどこからか補充されているように思える。
この街に来るまでは何一つ不自由の無い人生を送っていたはずの主人公は生き残るためにありとあらゆるもの、プライドから記憶から人間的感情から性別まで、最後には自分をも捨てることでゴミを拾いながら生き残りながらも、ほんの少し得る事の出来たささやかなものはそれ以上に損なわれ失われる。
本の中に描かれる物語は思いつく限り絶望的に展開し、主人公はそれに輪をかけて絶望的な状態に追い込まれてゆく。

色々な物語で「個人」を押しつぶす「絶望」を象徴するものは圧倒的な「暴力」であったり、逃れる事の出来ない「パンデミック」であったり、すべてを観て強制し管理する「目」であった。
しかし、この本の世界で圧倒的に絶望的なものとは、無法地帯となった環境や状況、あるいは主人公を取り巻く運命であるというよりも、生きるために「今」だけに注力しなければいけないことなのだ。
何かしら現実と乖離した事、空想は勿論、まだ世界がまともだった過去の事や、いつかは報われるであろう未来の事を考えたり思い浮かべればそれだけ「今」から注意が逸れて隙が出来る。
そんな事に何かしらのエネルギーを注げば、今日を生き残るための何かしらのチャンスを逃したり、酷い場合には他人から自分の持ち物や命を奪われる事になったりもするのだ。
つまり生きる事のすべてを「今」に向けなければ生き残れない事そのものが絶望なのだ。
そしてそれは「暴力」や「パンデミック」や「目」といった外部から降りかかってくるのではなく、自分自身から湧き上がってくる物である所がさらにその「絶望」の深さを物語っているような気がする。

「絶望」があらゆるリソースを「今」に注ぎ込まざるを得ない状況を指すのだとしたら、
未来を思い描きそれに向けて歩むのは言うまでもなく一番理想的な絶望の対局にあるものとなるのはわかるけど、
そんな未来を思い描けずに現実ではない自分の持つ仮想的な世界で、或いは過ぎ去った過去の世界で生きる事を選びつつ現実で生きていけるという事はそんなに不幸な事なのでは無いのかもしれない。
それは個人的なことに限らず、国家から団体までそうであるような気がするし、
なんかこう今まで考えもしなかった「絶望」のあり方を一つ知ったような気がするのであった。

  

2015年10月6日

ベートヴェンの「嘆きの歌」はチープであることに意味がある。

先日手足口病になってとても苦しかったと言う話を書いたけど、やっと回復して普通の状態に戻ったなと思ったら気管支炎になった。

寝転ぶと痰が詰まって息が出来ないので寝ることが出来ず、辛いのに寝ることが出来ないというかなりきつい状況。
そして少しでも動くと呼吸量が増えて息苦しくてたまらないので、座ってゆっくり息をしている以外に何も出来なかった。
もう殆ど強いられた座禅みたいなものである。
二日目になってちょっと楽になったものの、やっぱり動くと辛いので座っていることしか出来ず週末の土日は二日間ほとんど寝ずに古い本を読みまくった。

以前読んだはずの村上春樹 『約束された場所で―underground 2 』でインタビューされているオウム信者に胸が痛くなるほどの親近感を抱き、長野まゆみ『テレビジョン・シティ 』で本当に本当に胸が痛くなった。

ここ最近、というかかなり前から余り昔のことを思い出すことなんかなかったけど、睡眠と呼吸が苦しい状況で昔の本を読んでいると、その本を読んでいた時の昔の感覚がよみがえって来る。
殆ど人生を諦めかけた瞬間に何かの拍子でふと浮かび上がったものの、まだその幸運が信じられずその諦めの残滓が残っているような、そんなあの感覚だ。

大抵の人がそうであるように、私にとっても特定の音楽や本はある特定の場所や状況や人に密接に関連付けられており、呼吸困難と寝不足といった肉体的に追い込まれた状態で読んだ昔の本がそんな感覚を呼び戻したのだろう。
半ばそんな感覚の残ったままで、ちょうどそんな時代に私が大好きになり、それから今までずっと世の中で最も美しいもののひとつだと思い続けているベートヴェンのピアノソナタの31番と32番を、今日は真正面から没頭してひたすら聴いていた。こんなに必死に没頭して音楽を聴いたのは本当に久しぶりだ。

ちょっと細かい話になるけど、この31番の第三楽章の冒頭の後とフーガーの後にワーグナーに絶賛されたという、いわゆる「嘆きの歌」と呼ばれる旋律の部分があるのだが、全体としての同曲の余りの美しさに引き換え、この部分は余りにも感情的で大げさ過ぎてチープに感じられて、昔から「嘆きの歌がなければ完璧なのに」などと思っていた。
しかし、今日改めてじっくり聞いた時に、これは逆にこう「チープでありきたり」であるからこそ意味があるのだとふと思った。
本人にとってどれだけ絶望的な嘆きであったとしても、それをはたから見れば大抵は感情的でチープでありきたりな物語にしか見えないものだ。
我々にとってそれがどれだけの嘆きであったとしても、それは全体としてチープでどこにでもあるような嘆きでしかない。
それは自分自身から特殊性や特別性を奪うものであるかもしれないけど、更に突き抜けてしまえばひとつの救いになるかもしれない。

そう考えると今まで気に入らなかった「嘆きの歌」がとても愛おしいものに感じられる。25年ほどこの曲を聴き続けているけど、今になって捉え方がガラッと変わるとは自分でもびっくりである。

この31番と32番はあらゆる辛酸を舐め苦しみぬいた晩年のベートーヴェンが若いころのように運命や苦悩に対峙して抗ったり反抗せず、自分のあらゆる状態を受け入れて昇華してしまうような美しさがある、というような感じの事を一般的には言われるわけであるけど、そんなベートーベンの苦悩ですらチープでありきたりのものであるならば、我々のものなどいかほどのものであろうか。
とそんなことを思った病み上がりの月曜日であった。

2014年10月25日

中田考 イスラーム書籍2冊/真の意味でのイスラーム原理主義者の声を聞け

以前からイスラーム学の第一人者として有名だったけど、最近イスラム国に渡ろうとした日本人学生の仲介役として一気に有名になった感のある中田考氏のイスラーム関係書籍を2冊読んだ。
『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』(講談社選書メチエ)
『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』 (集英社新書)である。

大学時代に井筒俊彦『イスラーム思想史』を副読本にしてイスラム教学の授業を聴講して、一般化されていたイスラム教とイスラム世界とイメージとのギャップに余りにも驚き、
自国の文明を発展させながら戦争したり外交したりする「エイジ オブ エンパイア2」なるゲームをプレイして、カトリック諸国の十字軍がいかに無茶苦茶で残虐かというのをサラセンのサラディンの立場で思い知ったことがあった。

とはいえ、それらのイスラム教に関する知識やゲームは西洋的な学問体系や方式だったり西洋的な価値を基準にしてイスラームを眺めたり相対化したものであったわけであるけど、
この『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』はムスリムである中田考氏がムスリムとしてイスラームを見、そして西洋世界を見るという視点と方法論で書かれている。
例えば、現代では自明で当然のものと認識されている国民国家やら国境やら貨幣制度といったものがそもそもイスラーム的ではない西洋的帝国主義の弊害だと言うことになる。
イスラームは現代の殆どの宗教がそうであるような政教分離や世俗主義とは全く違ったスタンスを取り、日常生活から政治機構、交戦協定から民事訴訟までありとあらゆる人間の生活と人間同士のかかわりについての基準と価値と方法論を提供する、真の意味での包括的な原理でもある。

この一般書籍での彼の主著のような扱いである『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで 』は本当の意味での「イスラーム原理主義」の理想を書いた本であるといえるように思う。
現在「イスラム原理主義」なる単語の一般イメージは「凶悪なテロリスト」というイメージに固定されているような気がするが、この本からすれば殆どのイスラーム国家や組織は真の「イスラーム原理主義」から程遠いところにあると言えることになる。

そしてもう一冊の『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』は人気者内田樹氏との対談で、内田樹氏の大抵の本がそうであるように楽しく読みやすく、イスラームに関する予備知識がほぼゼロでも読めるのじゃないだろうか?
これも先に上げた本と同じでムスリムである中田考氏から見たイスラームとイスラーム世界の話がメインである。

私自身は何かの特定の宗教の枠の中にはいないけど、私の周りには特定の仏教やキリスト教、例えば浄土真宗やカトリックを信仰する人がいるし、敬意をもって熱心なユダヤ教徒やムスリムの本を読むこともある。
そしてそんな特定の宗教を信仰する彼らの話を聞いていると、例えば、一番理想的な仏教徒の姿から史上最悪だった時代のキリスト教の姿を批判したり、理想的なカトリックの立場から理解が少ないまま仏教の物足りなさを指摘してみたり、原理主義的なイスラームの考え方から例外的に攻撃的なユダヤ教を否定したりすることが多いような気がする。

私は常々知や学問といったものは人間のあらゆる偏見や対立や悪意や攻撃性を克服する最も穏健な方法のひとつであると思っているのだが、自分と立場の違う人たちを外から理解しようとして観察していても全くわからなかったことが、中にいる人と話したらすんなり腑に落ちたということは本当に多い。

そして、この二冊の本も外から見ているだけでは、報道を聞いているだけでは決してい理解できない、熱心なムスリムの声を聴くことの出来る貴重な本のひとつであるような気がする。

  

2014年8月29日

R.D.レイン『子どもとの会話』と西原理恵子『毎日かあさん』

偶然古本屋で見つけたR.D.レインの『子どもとの会話』を読んだ。
今まで、精神科医であるR.D.レインの著作は『引き裂かれた自己』と『好き?好き?大好き?』しか読んだことがなかったのだが、

『引き裂かれた自己』は当時「分裂病」とされていた人を「異常」としてその異常の部分を見ようとするのではなく、分裂している状態でしか成り立ち得ない脆くて不安定な自己に寄り添うように理解しようとする試みであった。

彼の見方からすれば、現在言われる「統合失調症」は統合を失った形でしか統合し得ない1つの統合として理解されうる訳であるけど、それでもやはり社会からは1つの狂気の形であるとみなされるものであることも同時に理解できるのであった。

次の『好き?好き?大好き?』は色々な人の対話をメインにした詩とも戯曲とも言える不思議な本で、読んでいるとじわじわと足元が揺らいで狂気が這い登ってくるような感覚に襲われるものだった。
 

そして、この「子どもとの会話」は彼の家族との会話を、主に子どもとの会話をメインにして全くの創作無しに日記から抜書きして1つの書籍に収めたもので、過去に読んだ彼の二つの著作とは全く違っていてとても衝撃を受けたのだ。

 

この本の冒頭で

わたしは自分の生活の中の相当部分を楽しむことのできないコミュニケーション、誤ったコミュニケーション、またはコミュニケーションの破綻を研究することに費やしてきた。

と言う彼が、

しかし、人間観のコミュニケーションのもうひとつの側面-幸福な側面に関しては、これほど深い注意が払われてこなかったようである。
~中略~
それゆえ、この心楽しい、また真剣な喜びに満ちたこれらの対話を紹介することは、私にとって大きな喜びであり、慰めである。もちろんここに時折荒々しさや凶暴性が顔を出さないというわけではない。ものごとの暗い面が見落とされているわけでもない。しかしわたしの見る限り、ここでは嫌悪、悪意、恨み、嫉妬、敵意、羨望、あるいはその他もろもろの人生の影の部分が勝利を誇っているようには思えないのである。

とこの本のコンセプトを語っている。

彼が『引き裂かれた自己』で統合失調症患者の狂気の面ではなく、正常な面を見て狂人と呼ばれる人を理解しようとしたように、歪な形での人間関係や親子関係に着目するのではなく、この『子どもとの会話』のように親子関係の微笑ましくもノーマルで暖かい部分を注視する方法論は人が生きてゆく上でとても大事であるような気がする。

『ぼくんち』を読んでから好きになって読み出した西原理恵子の本に自身の娘や息子や家族の日常をメインに描いた『毎日かあさん』なるシリーズがあるが、この「毎日かあさん」がただ笑えるだけでなくなぜこれほどまで心に染みるのかに、この『子どもとの会話』を読んで気づいたような気がする。

  

2014年7月11日

ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン -悪の陳腐さについての報告-』/アウトサイダーであり続ける事

前のエントリで、ハンナ・アーレントこそ世界と人が「Let it go」であることを許さず、自身は「ありのまま」であろうとした人であると書いた。

しかし、アイヒマンに限らず、ニュルンベルクでの法廷でもナチスの戦犯は決まって、自分には組織の命令に反することはできず、本当はそんな事はしたくなかったのに組織に従わざるを得なかったと、判を押したように弁明した。
個人でしかない軍属である自分は軍隊の中にあって「Let it go」であるしかなく、自身の「ありのまま」に振る舞うことは不可能だった。というわけである。

たしかに、アイヒマンに限らず、ほとんどの戦犯は、おそらくヒトラー本人ですらナチスがユダヤ人に対して行ったような犯罪行為を単独で行うことは不可能だった。
彼が彼自身の凡庸さを超えた事を行うことが出来たのは、彼らが自分の属する組織にあらゆる判断と価値の根拠を預けてしまったこそであることは間違いないだろう。

ハンナ・アーレントはこんな風に人が自分の属する集団や組織の押し付ける価値やものの見方を無批判にそのまま受け入れてしまうことを常に批判し、そのような自由を持つことこそを「人間の条件」とし、またこのようなものを押し付けて抵抗者を粛清するような構造を「全体主義」と呼んだ。
そう、号泣議員の面白さが理解できても、ワールドカップの何がそこまで面白いのかが理解できなくて何が悪いかー!!といっていた人が「夜と霧」と共に忽然と消え、強制収容所や労働改造所やラーゲリに連行されてしまうような世界だ。

組織に属することは、社会的な意味でも、個人の精神的な意味でも安心やら安定やらを与えてくれるものであるけど、ハンナ・アーレントは自身の属する組織に否定され続ける人生だった。

ユダヤ人である彼女はナチスが政権をとったことに危機を覚え迫害を恐れてドイツからフランスに亡命し、亡命先のフランスではドイツ野郎として蔑まれて収容 所に入れられ、フランスがドイツに占領されれば今度はユダヤ人として迫害されそうになり、アメリカに亡命するもずっと敵国の人間として扱われ、そしてこの 本を書く事でフランス時代にシオニズム組織で働いていた彼女がユダヤ人団体にすら否定され、そして最後には多くの友人たちに絶交を言い渡されることにまで なってしまった。

この本を出したことで長年の友人であった友に「ユダヤ人への愛はないのか」と問い詰められて

自分が愛するのは友人だけであって、何らかの集団を愛したことはない

と答えた彼女の彼女の悲しみと苦しみはいかなるものだっただろう。

彼女の師であるヤスパースはこの本について書いた文章で

この本は全体として思考の独立性のすばらしい証言です。
……彼女が哲学的にも思想的にも徹底した、アウグスティヌスの愛の概念についての研究で正学位を得たとき、それもまだごく若く、たしか23歳だったと思いますが、教授資格を得るようにと人々は勧めました。それを彼女は拒絶した。
彼女の本能は大学を拒んだ。彼女は自由でありたかったのだ。

と言っている。

彼女は自分の属する様々な組織に否定されながらも、一方で彼女自身がとことん組織に属することを避けて自由であることを望み続けた人であったともいえる。
彼女がユダヤ人でありドイツ人であり、シオニストでもあったことを「生の所与の一つ」として自己を規定する大きなものだと考えていたのは明らかであるけど、それでも彼女は自身のアイデンティティーを自己の属する組織や集団に移管することはなかった。

結局彼女が組織に属すことも組織にアイデンティティーを置くこともなかったのは、彼女が組織に否定され続けたからか、彼女自身が組織というものを否定していたからなのかは良く判らないけど、それででも、彼女にとって、自身がどこにも属さないことであらゆるものをアウトサイダーとして自由に様々な視点から見ることができたといえるだろう。

この本を読む前に、矢野久美子『ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』を読んだ。

この本で一番印象に残ったのは、これはもしかしたら女性であるということに大きな係わりがあるからかもしれないけど、ハンナ・アーレントが移住者としての自己意識をもちつつも、彼女の問題にしていたことや物言いが今まで読んだ他の哲学者のものに比べて圧倒的に地に着いているように感じたことだった。

彼女が組織に属さず孤独に思考しそれでも何物も恐れず発言し行動することができたのは、彼女自身が誰も持たないような圧倒的な強さを内に秘めていたからだと言いえるかもしれない。
しかし、それでも彼女自身は人間の弱さを決して知らなかったわけではない。

たとえばイギリス人は自分がイギリス人だとしてその権利を守り、その法律を押し通すが、それだけの力のない民族のみがこの人権なるものを盾に取るのだということを、ユダヤ人以上によく知っているものはなかった。

と彼女が言うように、現実的に力を持たないことがどういう運命をもたらすかということは彼女はあまりにもリアルに感じていたし、だからこそ思考を奪い判断を奪いあらゆるものを奪う全体主義的なものをあれほどまでに非難し、最後まで全体主義を拒否する気骨と強さが誰の中にでもあることを信じ続け人々を励まし続けたのだ。

この本の中のレポートが示しているように、占領国であるナチスの提示した「ユダヤ人問題の解決」方法を断固として拒否したデンマークやブルガリアでナチスはユダヤ人に全く手を出せなかったように、勇気を持って自分を否定する組織に対して「否」を表明することは無駄ではないばかりか正義の行為であると彼女は述べている。

社会構造的に組織に属さない人々や、組織に部外者として所属する人々が多くなってきた現代であるけど、そんなハンナ・アーレントの持っていたような、他に縋り付かず自身の足で立とうとする地に足のついたようなモラルとか知性とか論理とか反骨精神は、自身をどこにも属さないもとの考えてしまうような、自己の属する組織に軽んじられ否定され続 け、全体主義社会で虐げられる人々のように押し付けられる人々にとって、眩しく映り励まし勇気付けるものであるような気がする。

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