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2006年2月18日

『罪と罰』ドストエフスキー

ドストエフスキーと言えばこの『罪と罰』というくらいの今更言うまでもないくらい有名な作品なので詳細は述べない。
ドスト氏は作家として一番敬愛する人物のうちの一人であるけど、『カラマーゾフの兄弟』を10回以上は読み返してるのに引き替え、『罪と罰』を読み返すのは今回で3度目。
先日読んだ大江健三郎の『小説の経験』で年取ってから読み返した『罪と罰』は凄かった。と書いていたのが読み返してみた直接の動機。
ネットを徘徊する限り岩波文庫の江川訳が評判が良いようやけど、今回入れて3度とも新潮文庫の工藤精一郎訳で読んでいる。どうせなら江川訳か米川訳を読めば良かったとちょっと後悔。
なぜか家に新潮文庫の上下巻が2セットあったので、欲しい方に1セット差し上げます。


なんかこの装丁仰々しいなぁ。→
家にあるのはこれと違う青紫の奴です。
この本がこの作者の代表的な作品であるにも関わらず、『カラ兄』を至高のものとして、『罪と罰』は「それほどでも」と思って読み返さなかったのには訳がある。
一般的にこの本について語られる場合「偉大な思想のためには醜い高利貸しの老婆を殺して金を強奪するのは悪ではない」と「魂を揺さぶる愛と日常生活こそが人間を救済する」という二つテーマの文脈に乗っとっている場合が多いように思う。
言うまでもなくどちらも口に出すのも恥ずかしいチープなもので、俺は勘違いなマキャベリズムや他人事なヒューマニズムなど口にするのはおろか目にするのも鬱陶しいし、そう言う位置づけをされている本を避けているところがあった。
とは言っても2回は読んでたわけで、それはひとえにそれがドスト氏の作品だったと言うだけの理由によるものやった。
前に読んだのは十年以上前、二十歳にもなっていない頃やったはず。それから今に至るまで読み返さなかったのは先に述べた一般的に言われるこの本について言われるテーマが俺にとっては耐え難かった事と、もう一つ。当時読んだ時にこの小説の主人公であるラスコーリニコフが、ドスト氏の他の作品の主人公、『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャや『白痴』のムイシュキン侯爵などと比べるまでもなく、人間的に魅力を感じなかった。どちらかと言えば嫌なタイプの人間やったという事がある。
で、さすがにこの年になって読み返してみると印象は全く違った。まずラスコーリニコフ青年が抱いた選民思想(というか妄想やね)の内容自体はこの本の中では特に意味はないと思うに至った。作者の立場からすればラスコーリニコフ青年の抱くべき思想は、老婆を撲殺して金を奪う事を正当化する理由を与え、何かしら人とは違った考えであれば何でも良かった。という事。主人公が抱いた思想の内容云々ではなく、孤独な引きこもり青年が良からぬ妄想を抱いた。というトーンに意味がある。端から見れば「はぁ?」やけど、当人は結構必死。という絵柄が大事なんやね。
選民思想云々よりも彼がそう言う事の結果として苦しむ事になった。という事にポイントがあるわけで、そう思って読むと、以前はラスコーリニコフ青年に好感を抱かなかったところが、今回はとても同情したしシンパシーすら抱いた。理由とか動機とかはどうであれ、細かい事でうじうじ悩んだり、とにかく苦しんでいる様は鬼気迫るものがあった。なんというか苦しみ方が19世紀リアリズム的に堂に入っていた。長大な上下巻構成の中で、下巻の四分の三までは延々と主人公の苦しみが綴られるという徹底ぶり。この辺のあたりのはカラ兄にはない『罪と罰』の特質やろう。
狂女と卑屈ダメ男を書かせたら世界一である(と俺が思っている)ドスト氏が描くカテリーナ・イワーノヴナとマルメラードフの夫婦は文句なしに凄いけど、しかしながらカラ兄と比べた場合、圧倒的な脇役の弱さが目についた。
そう考えると『カラマーゾフの兄弟』がいかに凄いかがよくわかる。ゾシマ長老、グルーシェンカ、リーザ、グリゴーリイ、数え上げればきりがない程にぶっ飛んだ個性としか言いようのない人物がふんだんに過ぎる程投下される。中でもスメルジャコフのひねくれ度合いとホフラコーヴァ夫人の壊れっぷりはドスト氏以外には絶対に書けない、文学史上に君臨する特異なキャラクターやと思う。
『罪と罰』はキャラクターの多様性でカラ兄に圧倒的に負けているけど、逆にラスコーリニコフ青年の内面だけを、19世紀ロシア文学的な千ページ弱ものの物量投入でこれでもかと描写している事は、カラ兄以上の個人に対する徹底性を感じる。情報量が多ければ多い程、リアリズムは追求されるなどと言うつもりはないけど、これだけのページに等しく鬼気迫った頭がおかしくなりそうな緊張感がみなぎっているというのもカラ兄にない特質だと思う。
苦しみが人間を浄化するという、これも19世紀的な前提を伴い、それに同意した上で読まんとただの意味のない繰り言になる訳やけど、個人的で内的で病的な苦しみを描ききり、その行き着く先をまがいなりにも示して見せたという点に『罪と罰』の偉大さがあると感じた。とまぁヒューマニズムの延長線上になるわけか…
でもまぁ昔に読んだ奴を読み返す価値は大いにあるな。とこの本読んで本当に思ったし、やっぱり俺は無駄に長い小説が好きなんやなともつくづく思った。
熱中度     ★★★★★
考えさせられ度 ★★★☆☆
影響度     ★★★☆☆
総合      ★★★★☆

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