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2009年9月7日

中島梓:コミュニケーション不全症候群 / 生き難い現代への適応の一つの形

 小説家としてのグイン・サーガの作者である栗本薫の評論を書く時のペンネームである中島梓名義で1991年に出版された『コミュニケーション不全症候群』 をずっと読みたかったのだがなぜか機会がなく、彼女の死去を機に読んでみた。
今で言う腐女子、つまりはヤオイだとかショタだとか(正確にはJUNE系というらしい)の文化の基礎を構築しただけでなく、自ら先頭に立って牽引し続けてきた著者によるこの本は思ったとおり中々に鬼気迫るものがあった。
タイトルである「コミュニケーション不全症候群」とは知り合いにはちゃんと接するのに、赤の他人にはまったく興味を示さないといった、知り合いでない他人を人間として知覚できなくなる知覚障害のことであるらしい。
これだけでは巷によくありがちな、これ以上精神病や神経症増やしてどうするねん的な「なんちゃら精神障害」や「なんちゃら神経障害」な話であるけど、この本ではそれをただ単に異常な状態としてとらえてそれに対する治癒を目標とするのではなく、著者自身がそうであるように、世界があまりにも生き辛いと感じる人々の現代に対する新しい適応の形だと前向きに捉えている所がとても良かった。
そしてそんな「コミュニケーション不全症候群」を発症した人々が、オタク的な閉じた自己や他人のイメージの中の幻想の中に生きようとするのだと。


この本は恋愛至上主義とも勝ち組至上主義とも相容れない閉じた世界とその中で生きることを決意した著者の自己肯定の叫びのように聞こえる。「他の人々を自分の存在の保証としてだけ見ることをやめなさい、と私は云いたい。」という言葉が、迷い悩む人々の背中を押すというよりも、階段から突き落とすくらいの勢いを持って言われているところがなんとも感動する。
この本の中で彼女は、社会を構成して動かす立場である大人でありながら、その社会を更新するのは役割としての子供であるというようなことを言っていた。そのような「オトナ子供」は現在「ひきこもり」に対する文脈で口にされる事が多い。
斎藤環も上山和樹も「ひきこもり」的な要素として、あまり親しくない人にも簡単に自分の内面をすべて見せてしまってすぐに傷ついてしまうメンタリティー。って事を言っていた。
栗本薫って人にもなんとなくそんな印象を受ける。あまりにも切羽詰ってあまりにも生々しい感情が作品を突き抜けて著者のものとして見えてくるように思う。
グインサーガのあとがきでもひたすら自分自身について語る様は、自身で「あとがき作家」というくらいに、冷静に考えればほかの作家にはありえない特徴である。
大病をして何かが吹っ切れた後の、作家だけでなくなった以降の栗本薫は世間的にほとんど無視されているように思える。私自身もまったく興味がなかったように、彼女の音楽活動だの演劇活動だのは正直内輪の自己満足的サークル活動のようにしか見えなかった。世間的に「暴走」と呼ばれるこれ以降の時期の彼女の電波ぶりは外から見てイタ過ぎて怖すぎたらしい。
私はグイン・サーガのあとがきの中の彼女しか知らないのでなんとなくしかわからないのだが、確かにそのイタさは当初より感じられた。グイン・サーガのあとがきの中で、読者から送られてきた登場人物へのバレンタインのチョコレートの数で盛上がっている作者の文章を読むにつけ、ちょっとついていけないものを感じてはいた。
なんというか、グイン・サーガに関しても、メジャーな商業ベースにありながら、批判を完全に無視して、ほとんど同人的な雰囲気で活動していたように見える。
栗本薫のオタク的内輪的世界とその外の世界という二分法で見てみれば、彼女は商業的にオタク世界だけで完結していたように見えるけど、実は『グイン・サーガ』で外貨を稼ぎ、その外貨をオタク的世界に流通させていたということになるのだろうか。
それでも、彼女は自分の閉じたオタク的世界を追求し続け、そのまま最後まで完走した、オタクにとってもっとも理想的な生涯を送った人ということになるだろう。彼女の生涯は同じ傾向性を持つ人にとって、大きな手本と救いとなるような気がする。
いや、でも、彼女の溢れる才能とエネルギーを考えれば、あまりにも特殊すぎてほとんど参考にはならないかもしれない。
しかし、この本のなかで、彼女はオタクとなるしかない「コミュニケーション不全症候群」への処方箋を書いて読者に提示している。
自分自身の問題としてオタクの生きる道を考えに考えて思いつめ、オタクでありながらオタクのままで世界を生き抜く術を説いた、著者のとても熱い思いが伝わってくる、オタクに勇気を与えるであろう評論であった。

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