笠原嘉 『精神病』 /ゼロからの「統合失調症」について

amazon ASIN-4004305810斉藤環の「ひきこもり本」を読んでいた時に、統合失調症から起こるひきこもり現象もあるということで、統合失調症の場合の引きこもりを見分ける為に統合失調症の特徴が書いてあった。
その特徴自体は「ひきこもり本」自体とはまったく関係なかったものの、なぜかその「統合失調症」の症状が妙に印象に残って猛烈に「統合失調症」について知りたくなった。
ということで、最近の本読みのテーマは「精神病」、中でも「統合失調症」である。
で、そのテーマに沿ってとりあず数冊読んだのだが、まず一番最初に読んだのがこの笠原嘉の『精神病』である。
『精神病』はタイトルこそ『精神病』であるけど、内容のほとんどすべてが「統合失調症」について、多くの治療例を引きながら解説している。
一般的には現在でも「統合失調症」になれば、わけのわからないことを叫びながら暴力的に暴れまわり、いったんそうなってしまえば人生が終わってしまう不治の病であるようなイメージがまだ残っているように思う。
しかし、この本のポイントは、心身症と神経症と精神病あたりの区分を前提にして、そんな世間的に偏見と誤解によるイメージ先行で形作られている一般的な「統合失調症」の概念を根本から覆し、現在の「統合失調症」についての医学的にも社会的にも正しい基礎的な知識と見方を紹介することにあるのだろう。


具体的にいえば「統合失調症」なる病気は、犯罪率が高くなるどころか逆におとなしくなったようにすら見えてしまう、本人にとってひたすら孤独で苦しい病気であり、現在では適切な治療を行えば、急激な症状と緩やかに続く症状を繰り返しつつも確実に快方に向かい、予後が良いちゃんと確実に治る病気である、というところであろうか。
1998年と「統合失調症」がまだ「精神分裂病」と呼ばれていた時代に書かれた本であるけど、現代ではさらに医療は進んでより治りやすい病気になっているだろうと思う。
それでも当然「統合失調症」についていままでほとんど知らなかった私にとってはイメージが覆されることばかりであった。
この本の後に読んだ中井久夫の『最終講義 分裂病私見』 に比べると、この本はクールで淡々とした記述的な文体であり、読み物として「読ませる」所はあまりないし、ドラマチックではない症例のあたりを読んでいるとちょっと退屈してくる。
しかしながら、著者の患者に対する目はなんとも優しいし、語り口が淡々としているが故にか、後からじわじわ湧き上がってくる印象がある。
それに何より「統合失調症」について自分だけの説や考え方ではなく、中立的にすでに確立された科学的な知識に基づいた事だけを書こうとするスタンスがとても信頼できる。
「精神病」や「統合失調症」についての知識がゼロからでもちゃんと読めるのではないだろうか?
ネットではこの本は精神病について概観するのに最も適した名著であるという評価が高いけど、確かにこれがとてもいい本だというのはうなづけるのであった。
一番印象に残った話は、自分が革命的に科学技術を変える発明のアイデアを持っていて、そのアイデアを影の組織に狙われて常にありとあらゆる手段で追われている。という、いわゆる「発明妄想」に取り付かれてしまった大学生の話である。
当初は大変な状態だった彼は治療を行って行くうちに落ち着いてきてそんな妄想を口にしなくなって退院し、症状も出ないので復学し、治癒後も病院に通いつつも卒業し、教師となって順調に人生を歩んでいた。
主治医とは医者と患者の関係はなくなったものの時々連絡は取り合う関係でおり、就職から数年後にちょっと複雑な結婚話が持ち上がった時になって「もしこの結婚が失敗しても、私は自分の秘密の研究でノーベル賞を目指すから大丈夫」と主治医に口にしたらしい。
主治医は口にされることが無くなって消えていたと思っていた妄想がまた口にされたのに非常に驚いたけど、結果として結婚は上手く行き、彼は教師としてそれからの二十年ほどを過ごした。
そしてある時に自分の定年後の生活について「定年後は秘密の研究に着手する」と語ってまた主治医を驚かせたらしい。
つまり、彼は「統合失調症」が治癒した後もずっとその妄想をある程度の形でもっていたことになる。
このことについて主治医である著者は、
「分裂病の人は現実世界と空想世界をまるで二重帳簿のように別々にもっている。しかし彼にとっては二世界が共存していただけではなく、発明妄想は彼を支える唯一の根源であって、もしこのいわゆる「妄想」をとりのぞくことを医療の目的として徹底すれば、恐らく彼の荷二十年の教師生活という現実は支えを失っただろう。」
と書いている。
無意味であったり、時には治療の対象にすらなる妄想が生きる支えになっていたというのはなんとも意味深いと思う。
現実とは程遠く逆に矛盾すらする信念とか妄想とか認識が、現実を生きる原動力になりえるということに人間の精神の不思議さを感じる。
「ひきこもり問題について考えるということは、結局人間関係そのものについて考えることなのだなという感触があった。」と前に書いたけど、この本に「分裂病の心理学が人間にとっての自己と非自己について考える機会を与えてくれる」とあるように、精神病の本を読むにつれ、精神病という人間の精神が病んだ状態の状態を見ることによって、逆に人間の精神の深さと不思議さを見ることになるのだと思った。



2件のコメント

  • はい、実はもう一冊 『軽症うつ病』ってのも読んですっかりファンになりました。
    お勧めありがとうございますです。『自閉症の子どもたち―心は本当に閉ざされているのか』 も読んでみます。
    更に最近無性にキノコ本が欲しくなり、キノコ先生の「キノコの本」の記事を見て研究しているところでありました…

  • 笠原嘉のファンになるのもわかる。人間らしいものね、この方。
    この本は名著で、いつ紹介しようかと思っていたら、先を越された。
    この本をおもしろいと思えるなら、
    酒木保『自閉症の子どもたち―心は本当に閉ざされているのか』 もおもしろいと思える
    だろうと思うよ。(これら2冊を合わせて紹介しようと思っていたのだ。
    いつかするけどね。^^)

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