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2011年7月4日

霜山徳爾訳『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記』/『夜と霧』の新訳と旧訳について

以前、フランクルの『夜と霧 新訳』を読んだが、ネットでは旧版の方が優れてるとか新版の方がいいとか色々な意見があったので、えらく気に入った本だといこともあり、旧版の霜山徳爾訳『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記』も読んでみた。
読んだのはかなり前だがいまさらながら旧訳と新訳について書いてみる。
まず、本文そのものの訳については、新版は少しライトで現代風になっているという話だったが、私は新版が旧版より格段に優れて現代的になっているとはとても思えなかったし、実際に新版を読んでから旧版を読んでも全く違和感を感じず、旧版が特に読みにくいとも思えなかった。
私はこの本自体が1956年に書かれた古い本なので、文体も現代的である必要も無いような気がする。
この旧版が新版と最も異なっている点は、本文に加えて、収容所についての解説が、虐殺に関する資料や、ホロコーストの写真や図と一緒に掲載されているところであり、
結局この資料と解説をどうとらえるかで新訳と旧訳のどちらがいいかということになるのだろうと思う。


これらの強烈な写真と資料は強制収容所について知っているつもりの人にとっても新たな衝撃があるのではないだろうか?少なくとも私にはそうであったし、ホロコーストがエグければエグいだけ、フランクルがその中で生き残れたことの意義を思わずにはいられないだろう。
さらに、私はもともとのオリジナルには無かった収容所に関する資料をフランクル自身の手記と合わせて掲載することは、逆に彼自身が自分では特に意識していなかったような、彼自身の感覚や思想に歴史的な位置とポイントを示す役割を果たしているような印象を受けた。
そういうわけで、初めて読むなら旧訳、『夜と霧』やフランクルが好きで好きでしょうがないなら、新訳もあわせて読むのが良いのではないだろうか?
なにしろ、みすず書房自体が新版が出ても旧版を絶版にしていないくらいやしね。
私にとってこの旧訳の霜山徳爾訳『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記』は、色々な意味で転機となり、色々な意味で思い出深い本になるような気がする。

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