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2007年4月8日

ジョージ・エインズリー 山形 浩生 (訳) 『誘惑される意志 人はなぜ自滅的行動をするのか』

amazon ASIN-4757160119この本を読もうと思ったのは、本の内容が面白そうというのもあるけど、結局、訳者が山形浩生だからという事になるのだろう。
柴田元幸などと同じように、この人が訳したいと思うなら間違いないやろうというところか。
酒やタバコ、ギャンブルや浪費、はたまたダイエットや勉強の挫折など、目先の欲望にとらわれて結局は損をして後で後悔するのがわかっていても自滅的な行動を取ってしまう経験は誰にでもある。
そういった人間の行動や欲求を、双曲線的な傾きで目先の報酬は価値が増大し、遠い地点の報酬は価値が減少するという「双曲割引」なる概念で「価値」「財」「報酬」「欲求」をキーワードに「意志」をターゲットにして説明したものである。
著者は精神科の臨床医として働いているものの、上記のようにこの本の手法と語彙は経済学的なものが多い。
専門外と言えば専門外の手法を用いているけど、巻末の訳者の解説によれば、この「双曲割引関数」なる概念は一部の領域ではほぼ揺ぎ無いとみなされている確立された理論でもあるらしく、いい加減なものではないらしい。
神学から哲学から文学から経済学から心理学まで多種多様な引用が頻出し、「意志は器官として働くのではなく交渉状態である」「欲求そのものは財である」などなど結構刺激的な概念がぼんぼん出てきて圧倒されるものの、文章自体は結構読みにくいように感じた。
巻末の訳者の解説がとても丁寧で本全体の理解を促進させてくれたのがとてもありがたかった。


本来ならこの手の本の目指すところは「欲求」と「報酬」と「価値」の折り合いをつける場や交渉状態としての「意志」とはどのようなものでどのような働きをするのか。と言うのを説明するところにあるのやろうけど、この本はさらに進んでその意志が完全なコントロール状態に置かれてしまうと「欲求」が感じる「価値」と得られる「報酬」が減ってしまう、つまりは人間が完全な理性的な判断のみをする存在になってしまうと、な~んも楽しくなくなってしまう。というのをその「双曲割引関数」で説明してしまっている。
訳者も言っているけどこの何処までも突き進む大風呂敷度合に私も結構感心した。
自分の感覚や経験や欲求と照らし合わせて読んで行くと、自分の中の隠れていた部分がかなり明白になってくるような気がする。
自分の作った変なルールにとらわれて逆に動きが取れなくなって自分を追い詰めている事に気付いたりもする。
そして、欲望だけ、或いは理性だけの存在の行き着く先は「価値」が激減した「報酬」の期待値が限りなく低い地平であることも見えてくる。
理論整然と述べられた本であるけど、結構常識的というかヒューマニズム溢れる着地点になるのが笑けると言えば笑ける。真実が平凡であるのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
昔から人間は「汝自身を知れ」「中庸」とか言ってたわけやけど、この本はその効能を細かく説明してみただけと言えなくもない。
結局、人間自身はその時代からほとんど進歩していないねんなぁ。というところか??

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