J・M・クッツェー 『ダスクランド』

amazon ASIN-4883190293ジョン・マックスウェル・クッツェーのデビュー作である『ダスクランド』を読了。
タイトルの意味は「薄暗い国」或いは「斜陽の国」というところだろう。
本の構成は綿密な計算と練りに練った構成を感じさせる二部構成になっている。
ベトナム戦争での架空の「神話作成部門」なるプロパガンダに関する部隊に所属する構成員を、主に彼の自意識のレベルで描いた物語が前半で描かれ、
後半では南アフリカの入植者の中でも特権的な自由市民がアフリカの奥地を旅してコイコイ人と出会う冒険談が描かれる。
前半部分のベトナムの話では直接的なベトナム戦が描かれるわけでもないけど「神話作成」にのめりこんでベトナム戦と関わった若者はある不幸に出会うわけであるし、後半でのアフリカ原住民と入植者の相容れない違いはどちらもが間違ったように見えないという割にどちらも不幸になってしまう。
タイトルの『ダクスランド』はちょっと見では列強諸国の文明国に目をつけられて亡国の憂き目に会いそうなベトナムや南アフリカの原住民を指しているようにも見えるけど、もう少し踏み込んで考えれば、このようにだれも幸せにならない不毛な行為を繰り返す世界自体を指しているとも見られるだろう。


職業的な作家がデビュー作を越える作品を書くのは難しいと言うくらいに、デビュー作は大事なものと捉えられているけど、クッツェーは『夷狄を待ちながら』『敵あるいはフォー 』など、未開人と文明人の避けられない対立を文明人の側から文明人として描く事が多いけど、この傾向はこのデビュー作の後半部分のテーマであり、『マイケル・K』『恥辱』に代表される「自我」やら「自意識」の問題は前半部分のテーマでもある。
そういう意味でこのデビュー作は作者の問題意識というか興味の方向性をはっきりと知らしめるものでもある。
個人的に興味があるのは「肥大した醜い自意識」とかの方である事もあり、主に彼の前半部分の文章で「おー、すげー」と率直に感心したり驚いたり舌を巻いたりする事が多かった。
ベトナムの神話作成部門の主人公がブルーカラー労働者に対して抱く感情「ぼくは彼らを心から尊敬する。だからそのお返しに ~中略~ 彼らに尊敬してもらいたい。」と言うところは知的な方向に自意識の重きを置く人間の痛々しさを何とも絶妙に表してる事だろうか。
そして、この本の出だし、
「ぼくの名前はユージン・ドーン。ぼくにはそれをそれをどうすることもできない。さあやるぞ。」
これほど読者の自意識と自己否定の感情を刺激して度肝を抜く出だしは中々あるまい。

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