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2006年1月4日

『さよなら ソクラテス』池田晶子

「読んだ本の感想をまとめておく」てのがこのblog開設した一つの動機でもあったので、本の話続くけどみんな怒らずに見逃してくれぃ。生暖かく見守ってくれぃ。m(__)m
で、
以前この人の『14歳からの哲学―考えるための教科書』てのを某copan氏から借りて読んだことがある。なかなか面白い人やけどちょっと詭弁的なきらいがあるなぁという印象だった。この本はブックオフで100円で買い叩いてきた本。『ねじまき鳥クロニクル』読了後『スプートニクの恋人』を読み始める前の箸休めのつもりで気軽に読み始めた。
最初のほうこそソクラテスとその妻クサンチッペの夫婦漫才風でおもろかったけど、最後のほうになってくるとなんか喉元に刃物突きつけられたような緊迫感があった、というか切迫感を要求された。これじゃ全然箸安めになってないやん…コース料理の魚料理と肉料理の間にちょっとしたシャーベットでも食べるつもりがバケツで作ったような巨大なプリンが出てきたような感じ…もちろん良い意味で。
とにかく今日はこれ以上ちゃんと本読むのは無理やな…orz



アマゾンの説明を借りれば、<不倫ブーム、家族崩壊、がん論争、拝金主義、高齢化問題、オリンピック…。一体この世の真実はどこにある? 史上最強の論客ソクラテスが窒息寸前の日本の難問をテーマにくり広げる対話集。シリーズ完結篇。>ということで取り扱われている内容はちょっと古い。いや、かなり古いか?まぁ、言ってることは至極当たり前。当たり前すぎて誰も語らんことを論理的に対話という形で表現してみせてる。この本に登場する「ソクラテス」のいう「当たり前」を当たり前と捉えるか、詭弁と取るかでこの本の評価は分かれるやろうと思う。まぁ俺は前者になるわけやけど、この本に俺が感じた緊迫感とか切迫感は池田晶子の哲学に対してとっている姿勢なんやなと思った。彼女の生真面目さとかストレートさに感応するような形で俺の不真面目さとか一貫性の無さを揺さぶるのやと。まさに池田晶子の狙いもそこにあるわけやけどね。
それから本来の哲学っつーもんはこういう生活に根付いた問いの立て方をせんとあかんのやとも。なんか希望に満ちて大学に入ったころのことを思い出したけど、こういう方面にこういう手法でもって知性とか知識を展開している人がいるというのは本当に見てて気持ちいいし爽快。すごいエンジンとすごいタイヤ積んだすごい軽い車に乗ったかのようなドライブ感すら感じる。でも、まぁ実際俺から見ればこの池田晶子という人は超人に見える。これだけ学歴にも文才にも容姿にも恵まれていて、それでもなおそういう「エウ・ゼーン」なるところを目指すというのはちょっと俺からは信じられん。躓きの要素はいくらでもあるわけやし。でも逆にそうであるからこそ、ある種の人にとっては(まぁ俺もやけど)多少なりとも励ましになるのだろうなとは思う。でも実際の所は「ああ!眩し過ぎる!」というのが正直なところやね。
よく考えれば不思議なことやけど『14歳からの哲学―考えるための教科書』よりもふざけた本であるはずのこの『さようならソクラテス』の方が著者の気迫とか真摯さが伝わってきた。これもこの本の最後の方で言及されてたけど、プラトンの取った「対話法」という体裁のなせる効果のせいだろうか?
まぁ、とにかくこれ読んで彼女の他の本も読んでみたいと思った。
熱中度     ★★★★☆
考えさせられ度 ★★★★☆
影響度     ★★★☆☆
総合      ★★★★☆

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