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2007年10月24日

ウンベルト・エーコ 『薔薇の名前』

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』を読了した。
この本は1980年にイタリア語で出版された世界30ヶ国語以上に翻訳された大ベストセラーであり、中世末期の修道院を舞台にした連続殺人事件をミステリ仕立てにした内容を主軸に展開される物語である。
作者であるウンベルト・エーコの本業は構造主義の流れの上にある(らしい)世界的に有名な記号論の研究者で、ソシュールとパースをつなぐ指導的な立場にある(らしい)。また中世の美学も専門であるらしく、学者としての大雑把な括り方で言うと「哲学者」であろう。
で、私は殆どミステリを読まないけれど、哲学者が書いた中世末期の修道院を舞台にした小説。というだけで私にとってはツボである。更に異端審問、魔女、ヨハネの黙示録、禁書と異端書まみれの図書館なる小道具が加われば、もうそれだけでリビドー振り切れそうな勢いであるのだ。
そういうわけもあり、あまりにも面白くて殆ど一気に読んだ。読んでいた数日間はこの本のことばかり考えていたような気がする。
最近は哲学の入門書ばかり読んでいたけど、やっぱり小説の面白さというのはまた別やなと。


物語はヨハネの黙示録の天使の喇叭を合図に引き起こされるカタストロフになぞらえて起こる殺人事件を主題に展開するけど、そのミステリとしてのストーリーだけでなく、登場人物たちの交わす会話と彼らの問題意識もとても楽しく読めた。ストーリーをダシにして書きたい事を書く。とまでは言わないけど、それくらい殺人事件に直接的に関係ない話が面白かった。
読んでいるうちに中世終わりのベネディクト会の修道院にタイムスリップしたような気がしてくる。というベタな感覚は、エーコ自身が「私は中世について書いたのではなく、中世のなかで書いたのだ」と言っていた(らしい)ように作者の意図と姿勢そのままなのであろう。
この時代のこのような場所のこのような人たちのこのような状態な話がツボな人にはたまらん小説である。
「オッカムの剃刀」で有名なオッカムのウィリアムがモデルとされる探偵役の主人公ウィリアムが元異端審問官というのはデビルマン的立場というか改心した悪玉キャラであり、群を抜いた知的キャラであるにもかかわらずベネディクト修道会士でなくフランチェスコ修道会士というところが、論理一本槍でないというキャラ作りに一役買っていて、中々良い感じのヒーローに仕上がっていた。
彼が殺人事件の謎を解いてゆくたびに、謎の複雑さが明らかになるのではなく、前提も少なく謎も殆ど無かったことが明らかになってスカッとする様はオッカム的といえるけど、そのあたりも普通のミステリとちょっと違うところではないだろうか?
この時代を暗黒時代と言わしめた異端審問や魔女狩りがそもそもの初めには正義を動機にして行われていたわけで、清貧思想の過激派であるドルチーノ派の生き残りの告白は、ウィリアムの言う「悔悛への愛からも、この世を浄化したいという願望からも、流血と殺戮が生まれる」というテーマを生々しく迫力と説得力あるものにしていた。そしてそのテーマは最後のあの大ボスの話でカタストロフを引き起こす訳である。
彼らの本や知識に対する欲望は時代と状況のせいで更に掻き立てられ、その上で失われた謎の書物を中心に大きな陰謀が起こるわけであり、彼らの本に対して向ける熱意は並々ならぬものがある。
そう考えると、ウィリアムのような人々のお陰で暗黒時代が晴れ、図書館は万人に開かれて本は自由に読めるし、思考と思想は自由に羽ばたける今の世の中はありがたやありがたやである。
そして、最後に頼りとなるのは知性と理性の光であり、真理は開かれてあるべきというウィリアムの立ち位置は、そのスジの人には大きな救いとなるやろう。
しかしながら、いくらカトリック的倫理観ガチガチの中世修道会を描いていても、恋愛を宗教的な神秘体験になぞらえてみたり、正式な宗教的な討論会がつかみ合いに発展したりするのを当たり前に書いているところなどはやっぱり「イタリア的」やなぁなどと思った。
暗黒時代といわれるくらいの暗い時代の中でも更に一番暗そうな題材であるし、アメリカなら勧善懲悪正義が勝つ。なストーリで、日本なら全く救いが無い話になり、ロシアなら話が広がりすぎて収拾がつかなくなり、フランスなら異様にねっとりし過ぎるやろう。
こんな暗い題材が妙にさっぱりした読後感で終わるのはアメリカでもフランスでもロシアでも日本でもないイタリアな雰囲気のおかげであろうと思った。
さすがに大ベストセラーになるだけあって、いろんな読み方が出来る懐の深い良い小説であった。図書館で借りて読んだけど、また読むのは確実なのでとりあえず買っておいた。
いやー面白かった。

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