村上龍『愛と幻想のファシズム』/過去の近未来である現代から未来の問題を見る

ここ最近は新書ばかり読んで小説を殆ど読んでいなかったのだが、一週間ほど前になぜかスイッチが入って「経済小説」と呼ばれるジャンルのものを立て続けに読んだ。

まず最初は村上龍の『愛と幻想のファシズム』について。

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作者である村上龍は昔から好きな小説家の一人で『希望の国のエクソダス』や『コインロッカーベイビーズ』あたりがとても好きなのにも関わらず、この『愛と幻想のファ シズム』はなんとなくタイトルが面白そうに思えず読んでいなかったのだが、読んでみて本当に面白く、4日間で睡眠時間7時間という無茶をしながら一気に読んでしまった。

この小説は、狩猟家だった主人公がそのカリスマで企業家や法律家や政治家や官僚や私設軍隊を従え、弱肉強食の社会体制を打ち出す「狩猟社」なる政治結社を作って、軍事的にも経済的にも政治的にも日本の実験を握ってゆき、日本そのものを経済支配しようとするグローバル企業と戦いつつ日本の政治経済体制を作り変えてゆく。

という物語であるが、これは経済小説と言うよりもどちらかというと政治小説寄りな経済政治小説に分類されるようで、1984年から2年連載され、1987年に単行本化された。

これは連載当時のから10年20年先の近未来の物語として描かれたものだけど、グローバル企業が国家を超え、サイバー領域が重要な軍事的戦闘領域となり、アジアとアフリカが発展して国家間の格差が均一化の方向に向かい、総中流だった日本でも国内の格差が激しくなり、貧困層にナショナリズムが台等し、政治的な指導力が失われカリスマ的ファシズム党首が人気を集める。と、小説の中の話が現在の政治や経済状態と余りにも似通っていているだけでなく、現在では大きな存在であっても当時は概念としてすら殆ど存在していなかったものの重要性にまで言及されていて本当に驚いた。

この小説の中の政治経済状況で実現していないのは暴落と呼べるほどの円安が進んで外貨準備高がカラになり経済侵略を受けるというところと、自衛隊がクーデーターを起こすというところくらいだが、何よりも現在の状況と余りにも似通ったこの物語がバブル真っ盛りの時代にかかれたことに驚いた。

村上龍はこの小説を書くに当たって経済政治社会の分野をかなり勉強したそうだけど、それでも小説家の能力と言うのは本当に凄いですな。

この小説はこれからという良い所で様々な布石を敷いたまま終わるのだが、その後の展開としては、サイバー空間でアメリカから圧倒的優位に立った「狩猟社」は日本をアメリカとグローバル企業から防衛し、イスラエルから買ったプルトニウムで核武装した「狩猟社」が影から操った自衛隊が北海道でクーデターを起こし、経済復興をなしえなかった保守政党に失望して選ばれていた無策の左翼政権はそれに対応できず北海道が独立国家となり、失望した国民はクーデターを起こしたカリスマ党首率いる「狩猟社」を全面支持し、日本はファシズム体制に移行する。

と言う風になるだろう。

この小説以降のテーマは北海道の独立という意味での地方自治と、陸海空サイバーでの核武装を含めた軍備増強、そして強力な指導力を持つファシズム、そして更に格差が加速されるであろう自由主義とも弱肉強食とも呼べる狩猟主義的社会体制、ということになる。

この小説の中で起こったことの殆どがまさに失われた20年として現実となっている事から考えれば、このテーマはもこれからの日本のテーマとなってもなんらおかしくないように思う。

一方この本の中で独裁者に支配された人が如何に安心を得るかという話で

経済や社会状態の改善はその国家の構成員に心理的にも精神的に大きな影響を与え、「個人」の実存的問題は経済や社会の体制や状況によっては問題にならなくなるはずだ。

という意味の事をいっている箇所があってとても印象に残っている。

小説を読む原動力の一つに、この「自分の実存的な問題」はとても大きいと思うのだが、若い頃はとかく自分の実存的な問題を社会と切り離して考える。

オッサンになると自分の実存的な問題が社会の方から解消される感覚のようなものが何となく分かってくるのだが、この感覚の違いがオッサンが読む小説と若者の読む小説の違いになるのだろうなと全然関係ないことを思ったのであった。

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