年賀状定型句「おもちを食べすぎないようにね!」の真意
2008年12月28日
家に引きこもって、音楽聴く、本読む、ネット巡回、ルービックキューブ、を繰り返して一日を過ごしていると気づけば直ぐにご飯の時間になる。しかもご飯の間にはおやつをポリポリ…ということでこの二日間食べてばかりいたような気がする。
で、夕方から久しぶりに外に出たのだが、それもちょっとしたお料理+パン食べ放題のために出かけたのである。家にいても食べ、外に出ても食べ、私は生きるために食べているつもりやったけど、実は食べるために生きているのだろうか?という疑問が心の中に芽生える勢いである。
しかし、放題という事で放題してるようではイカン。このままでは正月明けにはプクプクになってしまうという危機感から、かなり抑え目に腹八分目に、抑えに抑えて食べたつもりであった。
しかし、私自身が自分で思った「腹八分目」の食べ方は、はたからみると「片っ端から食べていた」ように見えたらしい。
主客の見解の分裂がここまでになってしまうともう何が真実かすらわからん。
今の私の胃にとっては八分目なのやろうけど、一般的にそれは八分目とされる量を大きく逸脱しているのだろう。
自らの食のリミットすら簡単に踏み越えさせてしまう勢いを持っている、年末年始の食のインフレに恐怖を感じたのであった。
そういえば、小学生のころ年賀状に「おもちを食べすぎないようにね!」とよく書いてあり、子供ながらに「正月早々なんでそんなこと言われなあかんねん。しかも何故に餅?」となんとなく違和感を感じていたのだが、その意味が今になって理解できた。
「おもちを食べすぎないようにね!」は単純に警告の意味だけではなく、人間の弱さや醜さ、そして人間の限界や可能性にまで言及した、中々含蓄深い言葉なのだと思った。