中毒無し中毒症状

今日でちょうど禁煙一週間になった。
まぁタバコを止めたのは俺の身体なのであって、その事に対して喜んだり褒めてくれたりする筋合いの他者はいないわけであり、そういう意味でも一週間と言ったところで淡々としたものであるけど、それでも区切りがつくという事が、まぁ気分が悪かろう筈はない。
元々区切りなんて無いところに無理矢理区切りのようなものをつけて達成感を味わう。というある種錯覚のようなものを感じているわけだが、いずれにせよ区切りがないと人生あほらしすぎてやってられんのは事実かも知れん。
真っ平らで平坦な道を延々と歩き続けるなんて事は苦痛以外の何ものでもない。
次の区切りはまぁツールが終わったくらいの時期かな。


タバコを止めることで健康や金銭的な利益が生まれるのは容易に想像がつくけど、なぜか、どういうわけか、タバコを止める過程の段階で実に色々な事を、今までほとんど考えた事の無かったような事を日常的に考えていた。
口にするにも書くにも恥ずかしかったり煩わしい事ばかりが一日中頭の中にあり、一人になるとその訳のわからん思考の淵にどっぷり鼻の下まで浸っていた。
よく解らん変な深い所に意識が固定され、逆に表面的に見ればはボーッとしたように見えるような、中毒症状が無くなる事が逆に中毒症状に見えるような、そんな変な感覚。
さすがにそれも一週間たてばだいぶ薄れてきてるけど。
「タバコを止める事で色んな事を考えてしまう」てのは実際始まるまで全く予想しなかった事であり、かなりびっくりすると同時に、俺にとっても何かしら収穫はあったような気がする。
タバコというのは自分にとって肉体的な繋がりのあるものやとずっと思ってたわけやけど、実際思っている以上に、殆ど精神的としか言えないような繋がりしかなかったように思う。
禁断症状やとか中毒症状って精神的な形でしか出てきてないもん。
タバコって言うのは思った以上に精神寄りのものやったんやなと、今更ながらに思った。
世の中、精神寄りではあるけど精神的に良いもの、というのが非常に少ないのではないか。などとも感じた。

2件のコメント

  • タバコ、止めたんですね。
    頑張って続けてください。

  • むぅ。久々にコメントいただきありがとうございやした。
    ガムバって、止めるのを、続けさせていだきやす。

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