文章を書く

今までの既存メディアは何かしらについて明るいと思われる立場や地位の人の意見や見解を「誰が言うか」という基準に基づいて取り上げていたけど、完全匿名を前提としたインターネットが普及することで、何者か全くの不明の人でも素晴らしい文章を書く人は認められ、地位や肩書きがあるけど面白くない文章しか書けない人は全く評価されない。といった意見や見解や文章そのもので評価される「何を言うか」に言論的パワーがシフトし始めた。というようなことが言われてきた。

しかし、今度はSNSが普及することで現実の人間関係の延長としての場がインターネットに出来ることで再び「誰が言うか」の復権が起こっているように見える。

そんな中で、現実の私を知り、現実の私と交わりのある人だけでなく、現実の私が何者でどこにいて何をしているのか全く知らない人も私の文章を「何を言うか」の視点で読んでくれていると思うととても嬉しい。

「文章」の素晴らしいところは、「文章」を書くことで自分が自分の中にあると意識しているよりも遥かに多くの事を自分の文章としてどこからか引きずり出してくれるところにあると思う。

書きたいことがあるから書くのではなく、書き始めると書くべきことが生まれてくるといったカフカ的迷宮のようなものが文章を書くことにはある。

私の書いた文章を完全に私と切り離しても、私が完全に世界からいなくなっても、文章のかけらだけでも誰かの心に届き、そして生き残ってゆくような、そんな文章が書けたらいいなと思う。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP