本 6 5月 2007 向山 貴彦/宮山 香里 『童話物語』 傭ISBN:4344401298 ISBN:4344401301 兵仲間の某氏が一押しだというので図書館から借りてきて読んだ。 架空の大陸の架空の村に住むひねくれにひねくれて世と人を呪う孤児の少女が、世界は滅ぼすに値するかどうかを査定に来た妖精と出会うところから物語は始まる。 宮崎アニメを彷彿とさせる世界に、どんどん成長してゆくヒロインの少女と少年、少女を家族のように愛する花屋の家族と少女に地図を[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 5 5月 2007 自転車でたどり着く所 久しぶりにちょっとまとまった距離を自転車で走る。 アップダウンの無い街中を30kmと距離とコース自体はそんなに大した事は無いけど、間に自転車を降りてのちょっとした山登りが入ったので運動量としてはかなりの物のはず。 しかし、特筆すべき点はこんなところにあるのではなく、これだけ走り回って山登りまくって足を酷使したのに、足に全く疲労の後が見えないという事である。 なんというかもう既に土偶は古いからを脱ぎ[…] 続きを読む
本 4 5月 2007 J.M. クッツェー 『少年時代』 ISBN:4622046806 J.M.クッツェー『少年時代』を読了。タイトルからもわかる通り、著者のクッツェーが自身の少年時代を振り返った自伝的な小説として書いたものとされている。 しかしながら、クッツェー自身が自分の小説を語る時に「記憶は捏造される」「あらゆる自伝は物語であり、書かれたものはすべて自伝なのです」などという事を強調している事もあり、この小説に書かれてる外的な出来事や内的な事物がク[…] 続きを読む
趣味 3 5月 2007 「福田平八郎展」@京都国立近代美術館 に行く とても天気が良くお散歩日和でその他色々日和でもある。京都国立近代美術館へ「福田平八郎展」を見に行ってきた。 お向かいの京都市美術館でやっている「大エルミタージュ美術館展」にチケット買う行列が出来るほどの人が押し寄せていたのに引き換え、「福田平八郎展」は控え目に言ってガラガラ。お陰でゆっくり見られたが、ちょっと複雑な気分である。 福田平八郎は私が好きな日本画家の一人で、彼の京都市立美術工芸学校の卒業[…] 続きを読む
本 2 5月 2007 小泉 義之 『レヴィナス~何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス) ISBN:4140093056 この間から余りのお手軽さに戸惑いを覚えつつも、ついつい手に取ってしまう『シリーズ・哲学のエッセンス』であるけど、今度は『レヴィナス~何のために生きるのか』を読了。 なんというか「何のために生きるのか」という思いっきりなタイトルに惹かれた。市立の図書館で何故か欠本状態だったので、職場の図書館で借りた本である。 で、タイトルにもなっている「何のために生きるのか」と言う問[…] 続きを読む
本 1 5月 2007 ボリス ヴィアン 『心臓抜き』 以前同作家の『日々の泡』を読んだけど、その時は「シュールで耽美で何ともいえん世界」という感じでそれほどのインパクトは無かったような気がする。 でも読んでだいぶ時間がたってもクロエの肺の中に睡蓮が咲くという奇病とか「貧乏人のとむらい」とかの彼の描くモチーフがずっと印象に残ったままどんどん大きくなるような感じで、どうやら私はこの作家が好きらしいという事に気付いた。 ISBN:4151200053 そう[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 30 4月 2007 典型的な休日 昼からSIGGボトルに詰めたお茶を持って、ピスト君に乗って図書館を巡り、職場に一瞬顔を出し、そのまま街に繰り出して時計の電池と朝顔のタネを買い、中心を外れた人の少ない目のスタバでコーヒー飲みながら借りた本を読み、友人にメールを書く。 なんですかコレ。「SIGGボトル」「ピストバイク」「図書館」「スタバ」というありがちキーワードですよ?典型的な都会派エコロジーインテリな休日の過ごし方って奴じぇねぇ?[…] 続きを読む
本 29 4月 2007 金森 修 『ベルクソン 人は過去の奴隷なのだろうか』(シリーズ・哲学のエッセンス ) ISBN:4140093080 土偶小屋にはアンリ・ベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論 』が最初のちょっとだけを読まれただけで転がっており、これからも恐らく半永久的にそのままであろうと推測されるのだが、ベルクソンに興味があれこそそんな本を買ったわけであり、この『ベルクソン 人は過去の奴隷なのだろうか』(シリーズ・哲学のエッセンス )は職場の図書館で哲学の本棚のあたりをぶらぶらしてい[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 28 4月 2007 祝福されよ/わが民エジプト/わが手の業なるアッシリア/わが嗣業なるイスラエル 年に一度のお祭り的業務で遅くから遅くまで働いた後に遊びに繰り出す。 化石燃料を燃やしながら、好きな音楽をかけながら延々と車を走らせ、延々と喋り続ける。 グレン・グールドのピアノを聴きながら、ズスケカルテットの弦楽四重奏を聴きながら、苦しみ自体に意味は全く無いものの、苦しみによって得られたものが後から振り返って見える事があるのはまた本当であると思う。 旧約聖書のヨブ記で神の試練によって子を奪われたヨ[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 27 4月 2007 土偶の皮を被った「かわうそ」の皮を被った「プレデター」 「親切」とか「礼儀」ってのは人間の性格上の資質に因って得られるのではなく、努力による習慣づけによって得られるのだと、村上春樹が『羊をめぐる冒険』で書いていたけど、確かに「親切や礼儀」が「優しさ」とか「思いやり」などで代表される意味群の概念とは全く違うモノであるように感じる事が多々ある。 「親切」や「礼儀」は現象としての事象を指す単語で、「思いやり」や「優しさ」は人間の内的な傾向性を指す単語であるか[…] 続きを読む