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2010年12月17日

ペドロ・コスタ『ヴァンダの部屋』 (2000/ポルトガル=独=スイス=伊)/絶望感と無力感と閉塞感と/無為というリアル

ペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』 (2000/ポルトガル=独=スイス=伊)を観た。
端的にこの映画の内容を説明すると、恋愛も、陰謀も、アクションもまったく無く、ストーリーさえも何もなく、ただひたすら最初から最後まで、ヴァンダという名の顔色の悪い嫌な咳をする女性が、妹や友人や色々な人と話したり喧嘩しながら、ひたすらアルミホイルをライターで炙ってクスリを吸引し、また別の黒人の男性が自分の部屋で色々な友人知人たちと注射器でクスリを回し打ちしているだけ。ということになる。
私は布団に寝転んで布団の横に置いたPCで寝る前にこの映画を観ていたのだが、観始めて色々な人がただ喋ったり喧嘩したり麻薬を摂取しているだけの映像がつまらなくてしょうがなく、最初の日は見始めて20分で、次の日はその続きの30分で、余りの退屈さに耐え切れずに寝てしまった。
映画は3時間もあるので、その時点で三分の一すらも見ていないことになる。
しかし三日目、三分の一が過ぎたあたりから、とたんに映画に集中でき始めた。残りの二時間ちょっとを一気に食い入るように見てしまった。
長い映画が終わって、エンドロールが始まったのを観て、妙な衝撃がジワジワと湧き上がってきた。
見始めた当初はただ退屈でしかなかったような、ストーリーも何も無いこの物語にこれほどまで惹きつけられて心を揺さぶられたのにとても驚いた。


説明も何も無いこの映画から読み取られた事柄は、将来の希望も展望も日々の楽しみも喜びも何も無く、日々の小銭を稼ぐ事だけに没頭され、稼いだなけなしの金を全てドラッグに使っているとても貧しい人たちばかりが勝手に住み着いていた、リスボンにある本来の持ち主たちに遺棄された貧民窟が、何らかの理由で政府によって取り壊されようとしており、違法に住んでいる彼らは立ち退きを余儀なくされているということである。
立ち退きの準備を始めつつ壊されるはずの家を綺麗に掃除し始める者、やがて来るであろう筈の立ち退きの日を全く無いものとして日々の日常を続けようとするもの、そして殆どの人が圧倒的な絶望感と無力感の中で何も出来ずただひたすらドラッグを摂取し友人たちと話し喧嘩をしているだけの者であった。
ヴァンダとその幼馴染の友人も祖母の代から住んでいる(と思われる)この何の救いも希望も楽しみも無かったスラムを激しく憎みながらもそれでもとても愛着を持っている。
そして、それでも、彼らはただドラッグを摂取し続けるだけである。
三日目からこのあたりの事が読み取れてきて、観ていて彼らの話に耳を傾けていて、その圧倒的な絶望感と無力感と閉塞感に息が詰まりそうになりながらも目を離す事ができなくなった。
この映画の中でドラッグにどっぷり使っているのは圧倒的なダメ人間で、その殆どが若者である。
ただドラッグを摂取するためだけに生きているようにしか見えない、何の生産性も無くただクスリを消費するだけの彼らは、自分のダメさ加減を自覚して自分に絶望し、それでも母を愛し、姉や妹を愛し、友人やこの街に愛着を持っていた。自分以上に自分以外のものを愛しているように見えた。
彼らは何かを愛しながらもその愛するものの為に何も出来ない自分に絶望しそしてドラッグに逃避する。その無限ループである。恐らくそれが何の出口も突破口も無いまま死ぬまで続くのであろう事は容易に予想できる。
絶望感、無力感、閉塞感などといったものにも色々な種類があると思うけど、この映画に出てくる人たちのような内側から蝕まれてゆくようにジワジワ来る感は圧倒的にリアルであった。
何かに対するメッセージも、何かを訴えるメッセージも、何かを批判する姿勢も全く感じられない、ただそこにあるだけのように感じる絶望感や無力感や閉塞感のようなものは観ていてなんともたまらない。
少しでも自分の心の中にこのような感覚があれば確実に共振して揺さぶられるのではないだろうか。
しかしそれはただ揺さぶられるだけで、映画を観たからといって何らかの進歩や展開や発展や生産があるわけでは全く無い。
それは、ただ三時間という時間を、こういった何の進歩も展開も発展も生産も無い映画を観る事で無為に使う事でもあるという意味でもリアルなのであった。
ネット上でこの映画を褒める人たちと同様に、私もこの映画に大きな衝撃を受けたのだが、それがこの映画の出来なのか、ただ単に私の精神状態のせいなのかはちょっと謎であるような気もする。

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Comment & Trackback

すごい。
読んでいるだけで既にみてしまった気になってしまいました。
勇気を出してみてみます。

もうご覧になられましたでしょうか?
この映画を観たのはもう八年も前になりますが、まだ全体の雰囲気や空気感を印象として思い出すことができます。
そう考えると、このストーリーも何もない映画は深く人に印象を刻むものだったのだなぁと今更ながらに思います。

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