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2011年8月22日

天元突破グレンラガン/自己肯定と自己承認のプロセス

先日Karappo氏に薦めてもらった「天元突破グレンラガン」を、
テレビシリーズの全27話をほとんど徹夜しながら二晩二日で、映画版2作をその次の日に一晩と殆ど一気に観た。
基本的には「根性と気合と愛と恋が宇宙を救う」的な合体変形ロボットアニメであり、
テレビ放映時は日曜朝8時30分の子供向けの枠で放映されていたらしいのだが、
流石にGAINAXと言うべきか、子供向けの分かりやすい要素から、私のようなオッサン向けのマニアックな要素までの様々なテーマを含んだ深みがあったように思う。
はっきりいってエヴァンゲリオンなんぞよりよっぽど面白く人の心を揺さぶるアニメであるといっていいだろう。
生物の進化の大本となるDNAの二重螺旋構造に基づいた「螺旋力」を至上のエネルギーとする世界観を基本に、
前編後編のそれぞれが2部構成になっており、部が進むごとに物語の内容が一転し、どんどんスケールと敵が累乗的に強大になってゆくのだが、「グレンラガンのインフレは良いインフレ」と言われるようなそのインフレっぷりが心地よく素晴らしい。
最近のアニメの主題歌はアニメと関係ないただのタイアップ曲の場合が多いが、しょこたんが歌う主題歌の『空色デイズ』は前編が1コーラス目(1部op 2部op)、後編が2コーラス目(3、4部op)となっており、アニメの内容どころか、前編後編の内容にまでピッタリであった。
なんというか、隅々まで丁寧に気を配られて作られているのだと言う印象をとても受けた。


今まで映画やアニメや小説を面白いと聞かされていていざ見ると期待していたほど面白くなかった。と言うことがよくあったが、このアニメはびっくりするくらい面白かった。
個別的な自我の問題から科学文明の問題まで様々なテーマ盛り込まれているだけでなく、物語り全体を引っ張ってゆく原動力となっている「熱さ」が最も素晴らしい点といっていいと思う。
ガンダムやエヴァンゲリオンがアニメ史の中で全く新しいジャンルの元祖とされるの引き換え、
この「天元突破グレンラガン」はアニメとしての新ジャンルを開拓するのではなく、今までの様々なアニメを統合した合体ロボットアニメの正道ということになるようだ。
地下暮らしを強いられていた主人公たちが破れた天井から憧れの地上に出たが、そこは楽園でもなんでもなく人間と獣人との戦場だった。という感じで物語が始まるが、たしかに全体的な作りは細部にわたるまで王道ロボットアニメのそれである。
私は余りに一般的にアニメに詳しいほうではないので、このグレンラガンが他の同じようなアニメと比べてどうこうと言うのは正直良く分からない。
このアニメには文明論から科学論、統治論から欲望論まで、社会的だったり心理学的だったり哲学的だったりする様々なテーマで論じることが出来るだろうし、実際にネットでも様々に論じられている。
4部構成となっているそれぞれの主要テーマは明らかに異なっているし、その中の一部の中にも様々なテーマが内包されているのを見て取ることが出来る。
それらについてはネットでも様々な事が書かれているのであえて私が書くこともないのだが、一つだけ、ネットでも言及されていない、このアニメの中にある個人の自己肯定と自己承認のプロセスについて書いてみようと思う。
他の誰にも無い力を持っている内気な主人公シモンを、気合と根性のカリスマ兄貴のカミナが励ましつつ覚醒させて共闘するのが1部のスタンスであり、
カミナが自信を失って戦えなくなったシモンを励ます時に、
最初は「お前を信じるな、俺を信じろ。お前を信じる俺を信じろ。」といっていたのが、
次に「お前を信じろ。俺が信じるお前を信じろ。」と発展してゆき、
最後には「俺が信じるお前でもない お前が信じる俺でもない、お前が信じるお前を信じろ」となってシモンは独り立ちし、一部から二部への転換点となる。
そして一方でカミナ自身はシモンに対して
テメーを信じるからアイツを信じる。 アイツを信じられるからテメーを信じられる」と言う思いを抱いていたのだが、
一部の最後でカミナを信用できなくなりかけていたシモンが、カミナを心から信用することで、自分に対する信用を取り戻すことが出来た。
そのあたりの他者との関わりの中での自己肯定と自己承認のプロセスがとても印象的であった。
確かに、ただ自分自身をそのままに信じて肯定するのはとても難しい。
誰かに信じられ肯定される自分だから自分を信じて肯定できるし、誰かを信じ肯定できる自分を信じ肯定できるからこそ、自分は自分自身を信じて肯定できるのかもしれない。
ネットではこの「天元突破グレンラガン」はただのアホっぽい熱血根性アニメのように扱われているけど、こういった複雑で繊細でリアルな心の動きがあってこそ、熱血根性アニメの王道をまっすぐに貫き通すことが出来るのだと思う。
そして、気合と根性だけでなく、最後の最後の大ボスのいる隔絶宇宙に認識転移システムでもってたどりつけたのは、愛に根ざした「物」をサーチできたからこそという裏返しの「愛が宇宙を救う」的な演出も心憎い。
そして、操縦者がロボットに入り、そのロボットが更に大きなロボットに入り、更に大きなロボットに入ってと、マトリョーシカ構造的にどんどん巨大なメカの中に入って操縦してゆくと言う構成も、マトリョーシカが好きな私としてもとても気に入ったのであった。
アニメは日本の文化とよく言うが、この「天元突破グレンラガン」を見て、その真髄をつくづく味わったような気がする。
アニメがない昔の時代に文学が人や世界に対して果たしていた役割は、もはやすっかりアニメやマンガが果たしているのだと確信するのであった。

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Comment & Trackback

見はりましたかぁ。
ここまで深い考察をなさるとは思っていませんでしたw
でも、言われてみれば自己承認のプロセスですね。
しょこたんの主題歌も含めて、奥の深いアニメです。

見ましたよー
で、もうどこまでも深く潜りますえーそうスペランカーのようにw
最近「はうこ氏」が歌うこの主題歌が頭の中をグルグルしております…
しっかし、良いアニメ教えてくれて本当にありがとうですぞ。

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