ミゲル・デ・セルバンテス 『新訳 ドン・キホーテ 前編』

現在でも比喩として使われる事の多い古典中の古典、ミゲル・デ・セルバンテス『新訳 ドン・キホーテ 前編』を読了。
騎士道物語の読み過ぎで頭がおかしくなって自分を騎士だと思い込み、世の中の全てを騎士道物語の世界に置き換えて見る中年から老年にさしかかろうとする地方貴族「アロンソ・キハーナ」が「ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ」と名乗り、痩せた駄馬「ロシナンテ」に跨り、皇帝になったあかつきには伯爵にしてやるという約束に釣られた従士「サンチョ・パンサ」を引き連れて遍歴の旅に出かける。
狂気としかみなされず、嘲笑されずにおれない彼が、巨人とみなされた風車、城だとされた旅籠、姫君扱いされる女中などを相手に様々な騒動を引き起こす様を描いた物語である。
私の読んだ牛島信明訳は「新訳」とあるだけあって、1999年のものとかなり新しく、最も最近の2005年の訳である読みやすさを追求した荻内勝之訳、原文に忠実で古いが故に古語が混ざってちと読みにくい会田由訳の間に位置するようだ。


amazon ASIN-4000241109セルバンテスはシェイクスピアとほぼ同時代の16から17世紀のスペインの作家で、不幸な生い立ちの上に兵士になったものの捕虜になったり左腕の自由を失ったり、本国に戻るも貧乏にあえぎ、揚句に投獄され、大ヒットとなった『ドン・キホーテ』も版権を安くで売り渡していたために生活を潤さず困窮のまま生涯を終えた、中々大変な人生だったようである。
現在ではセルバンテスの作となる『ドン・キホーテ』は前編と後編として大抵セットになってるけど、発表当初は10年の間隔を空けて出版されたものであり、前編は『英知あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』として1605年に出版され、年内で6版を数えるほどの人気を博した。その続編となる後編は『英知あふれる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』として1615年に発表された。
読み始めて始めて知ったのだが、この『ドン・キホーテ』は聖書に並んで世界中で広く出版されており、2002年5月8日にノーベル研究所と愛書家団体が発表した世界54か国の著名な文学者100人の投票による「史上最高の文学百選」で1位を獲得し、最初の近代小説とも言われるらしい。
本の読み過ぎで本の中の物語と現実が逆転して狂人となり、人に嘲笑され、マジ切れされてボコボコにされる彼の物語は、多くの熱心な本読みにとっては他人事ではないだろう。
ドン・キホーテ自身の理想やら言動や考え方は、一個人としてみた場合は立派なもので尊敬に値するやろうけど、しかしながらそういった彼の考え方やものの見方は、彼から世直しされようとする側の世間から見れば狂気の沙汰でしかないし、その理想と世界観に基づく彼の行動は迷惑でしかない。
理想を追求すればするほど、世間からは狂人と見なされ、それを世間に還元しようとすればするほど迷惑な存在なってゆく様は、典型的な個と他の分裂のあり方であろう。
決してハッピーエンドに終わらないこの物語は、「ドン・キホーテ」と「サンチョ・パンサ」といったシェイクスピア的な人間類型のパターンを創造したものの、「ドン・キホーテ」側からすれば自らの高邁な理想と野望が狂気としてしか見なされずに潰える悲劇であり、世間からすれば一介の狂人が引き起こす喜劇以外の何物でもない顛末でもある。
この、読んでると余りに痛々しくて悲しくなってくると同時に、笑わずにはいられない、シェイクスピア的な悲劇とも喜劇とも括り切れない、悲劇と喜劇が表裏一体となったような構造もこの物語が読み継がれる一因であろう。
また、ドン・キホーテ自身も理想に燃える勘違い男というだけではなく、旅に出た当初は風車を巨人と思い込むほどの勘違いっぷりを発揮するけど、第三部の20章で遺言を残してまで立ち向かった山中に響く不気味な大音響が織物工場から発するものである事に気付いてからは、マンブリーノの兜が洗面器にしか見えない事を認め、思い姫への届かぬ思いからの苦行を形だけとして真似し、ドローテアが王女でない事が発覚してもあえて無視し、なにかしら自分の見方と本当の事のギャップに気付きながらも、今更それをやめられないような雰囲気に見えるような、複雑な精神構造も見受けられ、シェイクスピア的な人間類型のパターンに収まりきらない彼自身の人間的な魅力もまた、この物語を不朽の名作とした一因であると思う。
ドン・キホーテの遍歴の旅はそれ自体は決して成功とは言えなかった。
しかしながら彼がみずからの普遍立法と言わないまでも、自分の信じるままを行い、理想の無い時代に理想を、正義の無い時代に正義を打ちたてようとした彼の冒険は、時代錯誤であり全く理解されなかったが故に、彼自身が尊敬し理想であるとした騎士「アマディス・デ・ガウラ」を遥かに凌ぐ名声を彼に与え、彼が歴史に名を残す事となったのはなんとも趣深いものである。
今年からは参考にしたサイトを書くことにした。
参考サイト:
ウィキペディア :ドン・キホーテ
ウィキペディア :ミゲル・デ・セルバンテス
2ちゃんねる:文学板「【ドン】ミゲル・デ・セルバンテス【キホーテ】」スレッド

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