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2008年3月9日

アレクサンドル・ソクーロフ 「エルミタージュ幻想」 (2002/露=日=独)

前代未聞の90分ワンカット、しかもエルミタージュ美術館でのロケを行ったという事でかなり話題になったらしい。
ストーリなんてものは端から無く、19世紀のエルミタージュに迷い込んだ男がフランス人の外交官に案内されるまま、ロマノフ王朝を巡る300年の歴史の端々を垣間見て、エカチェリーナ2世の収拾した美術品を鑑賞し、宮内で催される舞踏会や演劇に参加しつつ現在から過去の入り混じった不思議な幻想のような光景をエルミータジュ内をさまよいながら観る。
という感じである。
まさに「エルミタージュ幻想」というのがうまい事つけた題名やなーって感じやけど、ロシア語の原題を(たぶん)直接的に訳した英題は「Russian Ark」であり、「ロシアの約櫃」または「ロシアの箱舟」という意味になるだろう。


冒頭から余りにも豪華な衣装を身につけて着飾った多くの人物と、余りにも豪華なセット(美術館やしね…)と、見る側の教養と知識を前提にされたような台詞回しに「むむこれは凄いなぁ…」とただただ圧倒され、そういう意味ではまさに「エルミタージュ幻想」である。
しかしながらそれほどロシアの歴史に詳しいほうでもないから目の前に展開する一コマが歴史的にどういう意味を持つのかがそれほど掴み切れているわけじゃないけど、滅んだロマノフ朝やらロシア帝国の歴史であるとか、ロシアの誇る美術品の数々が次々と現れるという所はたしかにロシア人やロシア文化的には「箱舟」やら「約櫃」でもあるのだろう。
特にストーリなど無いのやけど、それでも、案内役のフランス人外交官がヨーロッパの模倣とヨーロッパ性の収集であるエミルタージュに代表されるようなロシア的美を馬鹿にしたり、ペテロとパウロが何たるかを知らずに彼らの描かれた絵を褒める少年にやたらと食ってかかる割には、絵を心で感じる盲目の女性や絵と会話する女性をやたらと気に入るのが妙に印象に残っている。
目の前に展開される光景はたしかに「幻想」であるのやけど、ただ幻想じゃなくって色々な歴史の重みと意義のある史実の一つの見方でもある。しかし美は美単体でも価値を持つがゆえにその意義は美の光でぼやけてくる。
意義を見れば美は見え辛いし、美を見れば意義が見え辛い、と言うわけである。
「関心は美そのもの?美の概念?」と案内者のフランス人外交官が質問する台詞があるけど、「いや両方」と言いたくなる私は失格なのか?失格というよりはどっちもまともに捉えられないよ。と言う事か。
何れにせよひたすら映像に圧倒される映画であった。この映画のように火薬と役者と画像処理ではない別の物に対して金を使う方向性は中々に好感が持てる。
この映画こそ劇場で観たかったなぁと思った。
しかしながらこういった「富の集中」によってしか生まれ得ないものを見せ付けられると、比較的に貧富の差が埋まっている現代の文化はいったい何を生み出しているのだろう?と思う。科学技術くらいの物では無いだろうか?
完全に搾取される側の人間であるけど、極端な身分社会を完全に間違っていると言い切る事も間違いであろうと思ったりもした。

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Интерес к японским

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