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2008年5月1日

ヴェルナー・ヘルツォーク 「コブラ・ヴェルデ」 (1988/独)

この間のチャッキーの呪いでCRTが壊れたので新しくSUNの液晶モニタX7137Aを買ったのやけど、この新しいモニタで始めた見た映画がこれである。
19世紀末の奴隷制度が終わりを迎えつつある頃、アマゾンの奥地で緑のコブラと言う意味の「コブラ・ヴェルデ」と呼ばれて恐れられた白人の山賊が、資本家に見込まれて600人もの奴隷を有するプランテーションの管理人になり、雇い人の怒りを買って陰謀から白人を見れば殺すと言う暴君の治めるアフリカのある国へ奴隷を買い付けに派遣され、その国で砦の主になり、自ら訓練した黒人達の部隊を率いてクーデーターの中心的な働きをして副王にまで上り詰め、奴隷売買で巨万の富を築き、そして…というもの。
この間観た「アギーレ 神の怒り」同様に、主演のクラウス・キンスキーの孤独に欲望に向かって真っ直ぐ進む男の狂気がとても良い感じである。


彼は金も女も名誉も地位も得られるわけであるけど、それを手に入れても満たされているようには見えないし、なおストイックに飢えているように見える。
彼にとっての欲望は欲望自体の充足にあるのではなく、欲望の対象となるものを征服する事のみを目的としているように見える。彼が自分の抱く欲望に露ほどの疑問も抱かないところは見ていてとても潔いし、そんな欲望から爆発する言動は中々のエネルギーである。
女だけのアマゾネス軍団の訓練シーンや彼女たちを率いて線等に立って王宮に攻め込むシーンはパッケージの写真のようにまさに「狂戦士」と呼ぶにふさわしい。
クラウス・キンスキーの演技はとても素晴らしい。
でもそれだけでなく、ヴェルナー・ヘルツォークの撮るアマゾンやアフリカの自然や風俗はとても美しい、またそういったどちらかと言うありがちな美しさだけ無く、通信のために一列に延々とならんだ奴隷達の行う手旗信号や、細く短い両足を持つ男が手足を使って波打ち際を駆けるシーンの美しさも目を引くものがあった。
プレンテーションのサトウキビの刈り取りに大量の奴隷たちを使い、砦と首都との連絡にその道のりに延々と並んだ奴隷達によって手旗信号を一時間かけて送ったりと、今から観れば大量の人出を使うが故に故に逆に非効率になっている部分がある。
奴隷制度が無くなったからこそ人出を使わずに住むテクノロジーが開発されたんやろうなぁと。なんとなく思った。まぁ映画とは関係ないけど。

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