『変身ほか (カフカ小説全集4)』フランツ・カフカ/池内紀 訳/手稿版

amazon ASIN-4560047049昔からカフカといえば、難解な実存主義的な不条理文学であるという扱いで、意味が解らず小難しい文学者というイメージが一般的であるような気がする。
そういったカフカの暗く迷宮的なイメージの形成には、カフカを売り込もうとしてカフカの遺稿を整理して編集して発表した友人のマックス・ブロートの意図だけではなく、第二次世界大戦後にブームになるほどにもてはやされたきっかけとなった、実存主義者であるカミュやサルトルの影響が大きいだろう。
この間にミヒャエル・ハネケが映画化した「城」の事を調べるうちに、マックス・ブロートの手の入ったテキストでなく、そういった今までの影響を払拭してカフカのイメージを覆すとも言われる、カフカが書いたオリジナルの原稿から綿密に構成された「手稿版」と呼ばれる全集の存在と、そこから直接翻訳されたという日本語の全集も出ていることを知った。
私はカフカの小説を15年ほど前の若かりしころに新潮文庫で『変身』と『城』を、岩波文庫で『審判』と『流刑地にて』などの短編を、角川文庫で『アメリカ』を読んでいるけど、カフカ好きと任じて憚らない私なので、今までの暗くて迷宮的なカフカも好きやけど、今までとは一変したカフカも読んでみたい。ということで読んだ。


読んだのは「手稿版」から直接日本語に翻訳された、白水社から出版されている六巻構成の池内 紀訳の『カフカ小説全集』の中の4冊目、『変身ほか (カフカ小説全集)』である。
私の大好きな『流刑地にて』と『断食芸人』が入っていてかなりお得感があったので他の巻でなくこれにした。
巻の構成としては、カフカの小説としてメジャーな『変身』を筆頭とした、彼の生前に刊行されたものと刊行されるはずだった『断食芸人』などの短編を収録してあるものである。
「手稿版」でどれだけカフカのイメージが変わったのか結構楽しみにして読んだけど、良く考えればこの本のほとんど全てはカフカの生前に刊行されたものであるから、マックス・ブロートの手が入りようがないではないか。と気づいた…
カフカが生前に発表したものはこの本の中にある短編だけで、彼の代表作として名高い『城』『審判』『失踪者(アメリカ)』などはカフカが自分の死後に焼き捨てるように遺言していた遺稿を、マックス・ブロートが再編して世に出したからこそ日の目を見たわけである。カフカが生前に発表していたものだけでは彼はただの草小説家として歴史の中に消えていたに違いない。
マックス・ブロートの行動はカフカの遺言を守らなかったという意味では非難に値するかもしれないけど、結果的に20世紀を代表する文学者の一人を闇に埋もれさせなかったという意味で社会的な功績は大きいだろう。
このおかげでわれわれがカフカの著作を読めるわけであるけど、カフカが残った原稿を焼き捨てるよう指定していた事実に対しては、恐らくそれらの原稿が未完であるゆえだと思うけど、「何もそこまでしなくても」という違和感をずっと抱いていた。
この本に載っているカフカが生前に出版した『田舎医者』なる本の中の『家父の気がかり』という極短い章で、、何をしているのか、名前の意味も、死ぬのかどうかすら解らない、星型の生物のような、まったく捉えどころのない「オドラデク」というものの存在に対して不安を抱く様が描かれるのやけど、この抱かれる不安に対してもこの「オドラデク」が具合的に害のある存在でもないのに何がそんな不安なのかと違和感を感じた。
そしてその違和感が先に書いたカフカの遺言に対して抱いたものに似ているのに気づくに至り、カフカが「オドラデク」に対して抱く見方は、彼自身の自分の未完成の原稿に対する見方に似ているのではないかと思った。
『家父の気がかり』の中での「誰の害になるわけでもなさそうだが、しかし、自分が死んだあともあいつが生きていると思うと、胸をしめつけられるここちがする。」という文章はその事をとてもよく表しているように思える。
まったく捉えどころが無く、存在していることは確実でも存在の本質的なところは何もわからない。という風に自分の書いた未完成の原稿を見ていたのだとしたら、自分自身に対してもそのような見方をしていても何の不思議も無いだろう。
カフカの小説に漂っている不安と言うのは、何らかの存在を前提した上で、その存在の意味や意義が見つからないととったような、いわば実存主義的な根本的な不安に根ざしているように思う。
手稿版のカフカはどう違うのか。という当初のコンセプトでは読めなかったけど、この年になって読むカフカは中々にヘビーな物語であった。若いころには「ふーん」で見過ごしていたことも、この年になるとかなり目に付くことも多くなっているようで、『変身』などは主人公自身の変身に加え、家族の変身度合いも中々にきついものがある。いやこれはきついわ。
ってここまで書いて、私ってば結局従来のようにカフカと実存主義っぽいことを絡めてるやん…
新カフカはやっぱり別の本読まないとあかんかなぁ。と思ったけど、この歳になるとひたすら不毛でかつ未完の迷宮的物語である『城』とかを読む気合はあまり無いなぁ…

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP