ジャン=アンリ・ファーブル 『ファーブル植物記』 / ただ知的好奇心のみ / サン・レオンの英雄

amazon ASIN-4582766242amazon ASIN-4582766277ジャン=アンリ・ファーブルの『ファーブル昆虫記』が世に出る10年以上前に、同じ著者による子供向けの啓蒙書として出版された『ファーブル植物記』を読んだ。
『昆虫記』が余りにも有名なので『植物記』の存在もちょっとした雑学的にそれなりに知られているけど、『昆虫記』がどちらかというと児童書的な扱いを受けているせいか、子供のころに『昆虫記』を読んだ人でも『植物記』も読んだという人は余り聞いたことが無い。
さすがに「平凡社ライブラリー」はニッチなところ突いて来るなぁと。
植物記といってもこのタイトルは『昆虫記』を意識してつけられた邦題のようで、フランス語での原題は『Histoire de la Bûche(薪の話)』 ということであるらしい。
上下巻に分かれていて意外にボリュームがあり、植物の茎と芽と葉と根、そして種をめぐって、植物が如何にがんばって戦略的に美しい秩序に則って生きているかという話が丁重にわかり易くメルヘンな比喩に満ち満ちて語られれていた。
全編が子供たちに優しく語り掛けるような文体で統一されており、ラテン語由来だのギリシャ語由来だのの学術的な専門用語を憎むべきものとして日常語で平素に平素に説明してゆく。
読んでいるとなんともほっこりする。余りにもほっこりするので布団で読んでいると直ぐに寝入ってしまうほどである。


想定している読者が子供だといっても話の内容が簡単すぎるということは無かった。内容としては高校で習う植物の組織と習性について、細胞レベル以下の話を除いたくらいの話であろうか。
それなりに生物とか植物が好きな人にとってはうろ覚えがはっきりする内容であり、余り詳しくない人にとっては勉強になるのではないだろうか。
訳者でもある日高敏隆が巻末の解説で述べていたように「植物がいかに一生懸命生きているか」がひしひしと伝わってくるし、まさしくそれを伝える事こそこの本の意図なのではないだろうか。
『ファーブル昆虫記』と『シートン動物記』はこのジャンルの児童書の双璧をなす本やけど、私が子供の頃は『シートン動物記』を読んでもあまり面白いと思わず、断然『ファーブル昆虫記』派であった。スカラベとか狩バチの話をそれこそむさぼるように読んだものである。
まぁ、私自身が「虫博士になりたいっ!」というくらい虫好きだったせいもあるやろうけど、今思えば『シートン動物記』が余り気に入らなかったのは、その動物達の演じるドラマがなんとなく人間臭く、動物の中で人間的な政治臭と歴史的で社会的な、なんとなくオッサン臭い視点を感じて気に入らなかったような気がする。漫画で言えば『カムイ伝』的な雰囲気であろうか。
それとは逆に、純粋な学者肌だったファーブル先生は『昆虫記』を、ひたすら植物なら植物、昆虫なら昆虫の習性と本能の秩序を解き明かしてゆくことだけに主眼を置いた、純粋な知的な驚きを原動力にした知的好奇心のみで書いていたような気がする。
昆虫や植物の世界が人間社会の縮図であるとか比喩であるとか、そこから何かを読み取ろうとか読み取らせようとかそういった意図が全く無いのが素晴らしい。
子供の頃にあれだけ『ファーブル昆虫記』を愛読した私が、この本を読んで初めて著者のジャン=アンリ・ファーブル自身についてちゃんと調べたのやけど、今までなんとなく持っていた、フランスの片田舎の裕福で安定した暮らしを送る退役した学校の先生が道楽で虫の研究をしていたようなイメージが根本的に覆った。
典型的なダメ親父の元で育った彼は、15歳の時に一家が離散したことを皮切りに、肉体労働をしながら独学で勉強して、奨学金などを取って学校に入学する。それなりに認められて教師になっても「おしべとめしべの話」を婦人方の前でしたせいで町からアヴィニオン捨囚とばかりに追放され、老後は貧しさにあえぎながらその生涯を終えたようである。
はたから見れば中々大変な波乱万丈の人生を送ったように見えるけど、その間彼の昆虫への情熱は消えることは無かった。彼の生き方だけをとってもなかなかに興味深いものがある。
今までは大らかで子供好きやけど、虫ばかり追いかけているちょっと変なおじいさんという子供の頃のイメージの延長で彼を見ていたけど、どんな状況でも昆虫や植物に対する知的好奇心を自分の中の欲求の一番においていた彼は、中々にかっこいいなぁというイメージが加わった。
こういう生き方も一つの英雄の形であろう。
昔『ファーブル昆虫記』を読んだからこそ『ファーブル植物記』を読んだし、ブログを書いていたからこそちゃんとした感想を書くためにファーブル自身について調べた。
そしてファーブルについて調べたから彼のような生き方を知ることが出来た。というのは中々に趣き深いなぁと思うのであった。

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