ジュール ヴェルヌ 『海底二万里』(岩波文庫) / ネモ船長は正義か?
前からずっと読みたかった、ジュール ヴェルヌの 『海底二万里』をやっと読むことが出来た。
この少年少女向け冒険小説である『海底二万里』は様々な出版社から翻訳されて出版されているけど、私が読んだのは朝比奈 美知子訳の岩波文庫版である。
この岩波文庫版を選んだのはただ目に付いただけで特に理由は無い。岩波文庫のほかには創元SF文庫や集英社文庫、偕成社文庫等から出版されているようである。
ただし、この本には子供向けの簡略化されたものが多々あるようで、恐らく上下巻組ではない一巻構成のものがそうだろう。
大人になって今から読むのなら、当時そのままの挿絵がフルに入っているらしい、上中下の三巻組みの偕成社文庫のものが気合が入っていて良いかもしれない。
各国の海で光を放ち信じられない速度で動く巨大な生物が目撃される事件が頻発し、調査船に乗り込んだ海洋生物学者とその召使と銛撃ちの名人が、その生物と間違えられた潜水艦に乗り込むこととなる。
博識で地上の人間に深い憎しみを抱いた謎の男である潜水艦の船長と共に、その三人は潜水艦で世界各国の海底をめぐることとなるのだが、このノーチラス号での深海めぐりがこの本のメインストーリーであろう。
「潜水艦ノーチラス」と「ネモ船長」が余りに有名な、海洋SFの古典的な名作であるけど、私は子供時代に一度も読んだことが無かった。
原子力潜水艦の無かったこの時代にこの本に書かれていることがどれくらい驚くべきことかはなんとなく想像できるし、現代に読んでも、海好きとしてはノーチラスによる海の旅はいかにも冒険小説といった趣があってとても面白かった。
しかし、一応子供向けの本と言うことになってるのやけど、読んでいると殆ど邪悪ともいえるようなネモ船長が地上の人間に対して抱く強烈な憎しみが激しくブラックである。
しっかりした学識と知識を持ち、さらにそれを現実的に実践する知恵を持ちながらも、ただ地上世界を憎んで自ら関わりを断ち、全てをノーチラス内のみで完結させようとする彼の行動は、学者と常識人の代表のようなアロンナクス教授のいうように、余りにも自己完結的すぎるように見える。
殆ど説明しないままに自分に対する信用を要求し、自分の人格を全肯定するように要求する彼の性格は余りにも極端で、今から見れば何かしらの人格障害の一部のようにすら見える。
子供向け文学として、恐らくこのネモ船長は「正義」の側にいる人間なのかもしれないけど、果たしてこの船長が子供から見て理想的とされるのだろうか?と激しく疑問である。
それでも、ネモ船長がある種の魅力を持っているのは間違いないし、彼の理不尽にも思えるような憎しみと復讐心を正当化させ、彼をただの人格破綻者で終わらせないためにはよっぽどの悲劇が必要となってくるだろう。
この復讐心と憎しみと独善に燃えるネモ船長がどういった運命をたどってノーチラスの船長となり、この先どういった運命をたどるのか興味津々である。
それはこの『海底二万里』の続編である『神秘の島』で明かされるのだろうか?