阿部和重 『ミステリアスセッティング』

2006年の11月30日に出たばかりの新刊、阿部和重の『ミステリアスセッティング』を読んだ。
アマゾンでの紹介はかなり気合が入っていて、

ある老人が語りはじめた、一人の少女の運命――ハムラシオリという、歌を愛してやまなかった女の子をめぐる、痛いほど切なく、あまりにも無慈悲な新世代のピュア・ストーリー。なぜ彼女だけが、苛酷な人生を歩まなければならなかったのか? この未知なる感動の物語は、21世紀版「マッチ売りの少女」として広く語り継がれるだろう。芥川賞受賞後に初めて書かれた、極限の純真小説。全く新しい阿部和重!

となっている。
これを発売日に見て、おいおいそこまで言うて大丈夫か?阿部和重含む出版社陣はファンをだましてひっくり返すつもりか、とにかくミーハー読者層にも売ろうと必死なんやな。とニヤニヤしたわけやけど、実際読んで見て逆の意味にひっくり返された。
確かにアマゾンの紹介の通りで、計らずとも一気読みした挙句に感動までしてしまった。
映画に造詣の深い彼らしく、物語の始まりから、まるで映画を見ているような展開で読者をストーリに乗せて引っ張ってゆき、最後の最後の終わりにいたるまで読者を飽きさせない。
あまつさえ「ここは泣くトコ」という地点やラストのカメラの目線まで用意してあり、彼のストーリーテリングと読者扱いの上手さに本当にびっくりした。
そのまま映画にしても何の違和感も無い。客の半分は喜んで泣くやろう。そんなに映画化して欲しいのか?と疑りたくまでなってくる。
いずれにせよ、これは文句なしにお勧め。
ただ、サブカル方面にも詳しい彼の事であるから、似たような設定とストーリーの漫画なりからの影響なんてものもあるかもしれない。俺には思いつかんけど。


amazon ASIN-4022502444彼は常に自分の作品を作り変えてコロコロとスタイルを変えて行くタイプの作家やけど、この作品は明らかに今までの彼の作品と方向性自体が全く違うし、主人公も今までのタイプと全く違う。
全く同情も感情移入も出来ないタイプの主人公ではなく、ムイシュキン公爵の伝統を引く文句なしに美しくて同情と感情移入をせざるを得ない、現代的な「文学系白痴」が見事に描かれていたし、コレでもかと主人公を弾圧して利用しつくす、今までの小説の主人公級に邪悪で小物の人間も登場するし、彼の小説では稀有である存在の主人公の味方をする「良い人」まで登場する。
主人公並みの存在感を持った脇役が容赦なく主人公をいたぶる様は何ともすざましいし、彼の過去の作品が、過去の作品とは全く形を変えた現在の形の作品にとても上手く生かされていたように思える。
この作品は携帯電話用の電子書籍サイトに連載小説として掲載され、阿部和重はこの作品を書くに及んで「気軽にというか、気負いを抜くとか、余計なものを削ぎ落とす、要するに単純化へ向かう試み」のようなものを意識していたらしく、この作品は次の大作に向けてのリセットのようなものであるらしい。
確かにストーリーテリングの方向に単純化されたこの本を読んで私の阿部和重への見方は一変したし、またこんなものを彼が書けることに本当に驚いた。
これがリセットなのだとしたら、次の大作とやらはどんな事になるのだろう…
彼にとっては一過性であろうこの作品も、後には代表作の一つやと呼ばれるのやろうな。
そう思うと不思議な気もする。

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